「ディス イズ 64 ベニナタワー ハウ デゥ ユウ リード?」
64号機よりベニナ管制塔、聞こえるか?
「ディス イズ ベナンタワー リードブル」
聞こえる
「リクエスト コンファーム インバウンド へディング フロム ゼア」
其方からの接近方位を確認したい
レーダーはハットン機からの電波をとらえて直ぐに打ち返した。
「64 レーダーコンタクト へデイング330ディクリーズ フロム ヒア」
64号機へ、当地からの方位は330度になる
「ラジャー へディング 330 オーバー」
了解、方位330度ですね。 終わり
無線通信はこれだけで途絶えた。二度と64号機からの呼びかけは無かった。無線封止が原則だったし、機位が確認出来れば、もう一度交信する必要はなかった。
問題はこの当時の方向探知機では真方位と相対方位を区別する能力を持たず、飛行機が接近しつつあるか離隔しつつあるかを判別できない点にあった。ナポリとベンガジを結ぶ330度線上に居れば機は間違いなく、基地へ到達出来る訳だが、もし通り過ぎていたとすれば、330度でサハラ砂漠の奥地へと導かれてしまう危険がある。この夜、方位を求めたハットンは自機がまだ地中海上にいると信じていたと思われるし、管制官もそれに疑問を感じなかったのだろう。運悪く、海岸線には砂嵐の名残で薄いモヤが掛かっていた。また、往航時の追い風は、帰航時には逆転してまたしても追い風になっていた。つまり八トンが予期したよりも早く、機は北アフリカ海岸に到達していたのだ。調査の過程でハットンと操縦学生の同期生で第一編隊に加わっていたファロン少佐は、「暗夜には砂漠も海も同じ灰色に見える。だから浪打ち際の白波に注意しないと、気付かずに海岸線を過ぎてしまう恐れがあった。」と述べた。
又、「善良な淑女」の本来の副操縦士だったラルフ・グレースは、その日、ナポリに出撃した「善良な淑女」を除くB-24全機が着陸した後の午前0時よりも少し前にソルク基地の上空を東南方向に飛び去る爆音を聞いた覚えがある。と証言した。グレースは、その時、隊本部でも申し立てたが誰も注意を払わなかった。ベンガジ周辺には他にも米軍基地が有ったし、様々な飛行機が飛びかっていたので、その爆音と八トンを結びつける者は居なかったと言う。今になって振り返ると、司令部は捜索に当たってもう少し緻密な状況分析を出来たと言える。23:10に着陸したウォーレイ中尉はハットン機が編隊解散まで先頭に立っていたと、戦闘日誌に記入している。午前0時よりも少し前の爆音と00:12の方向探知要求を結び付けて考えれば、ハットン機が基地を過ぎたのちも330度の延長線上を基地へ飛行してる可能性に思い当たっても良かったのだ。だが、不運にも、これらの関連に思い及んだ人は誰一人として居なかった。そして翌朝の捜索は、地中海の方向だけに実施されたのである。
次回につづく
