
その昔のガスケットはアスベスト製の物だった。熱に強く、物理的に安定し、安く入手し易い事から長い間、エンジンのガスケットとして使われてきた。所が1980年代後半頃からアスベストが発がん性が高く人体に有害だという事で、現在では製造と販売が禁止される事になった。有害なアスベスト製ガスケットに代わり登場したのがノンアスベスト素材のグラファイト製ガスケットだった。もっともグラファイト製ガスケットが登場したのが、アスベストが人体に有毒だと判明する以前の1980年代前半頃だった。これはアスベスト製ガスケットが持つデリメットを改善させる為だった。熱によってガスケットの厚みが変化し、ヘッドボルトの軸力が下がるというヘタリ現象が起こり、シリンダーからのオイル漏れは極当たり前だった。CAE等によるエンジン各部の科学的な応力解析研究がスタートする前で、エンジン設計もそれまでのエンジン開発で培った経験値を駆使して設計されていた。1980年代に入り高出力高回転エンジンが登場し、それに合わせて、ボルト孔やボア周辺にSUS304材によるグロメットによる補強を施して、応力緩和に対応していたが、それでも限界があった。そこで、ノンアスベスト素材として1980年代前半頃に登場したのがグラファイトである。アスベスト製のガスケットよりもヘタリが少なく、グロメットの加工性も略同じ。アスベスト製ガスケットではバインダーとしてNBR(ニトリゴム)を使うケースが多かった為、耐熱性に関しては問題を抱えていたが、グラファイト製ガスケットではNBRを使わないので、その問題から開放された。そんなグラファイト製のガスケットでもデリメットがあり、アスベストよりもコストが高く、オイルと水に弱い点。これはグラファイトの持つ物性に起因している。グラファイトはカーボンが鱗片状に重なっている為、オイルや水が浸入すると組織が崩れるという傾向にある。荷重の小さな場合は、組織破壊が起きなかったり、遅れたりするのだが、高性能エンジンではボルト孔やボアはグロメットでしっかりシールドする必要性がある。グラファイト製ガスケットのピークを迎えるのが1990年頃だったが、その頃からメタル製のガスケットが主流になり始めていた。今では補修用ガスケットとしてグラファイト製が製造されているにすぎない。メタルガスケットはスチールラミネート・ガスケットと呼ばれメタル製ガスケットは、2枚もしくは3枚のステンレス鋼板で、なかには数枚の軟鉄鋼板を積層し、その表面にステンレス鋼板の薄板で覆う構造もある。基本は2~3枚構造だが、ディーゼルエンジン等圧縮比が高く熱負荷がケースでは3~5枚、ガソリンエンジンの場合は、1~3枚である。因みに、枚数が多いとボア回りのビード圧縮性の負担が小さくなり耐久性には有利となる。この為、メタルガスケットの中には、ボアの周囲だけ小規模に追加メタルを施しているエンジンもある。メタルガスケットは、使用条件が厳しいディーゼルエンジンがガソリンエンジンよりも早く採用されている。アスベストやグラファイトにくらべ、締め付け時の厚さ精度が高く、耐スリーブ特製も劇的に優れ、しかも金属のため耐久性、経時変化が少ない。しかも、グラファイトに比べてコストも安い。メタルガスケットの採用により、此れまでのガスケットにまつわる課題の耐久性、経時変化、コスト、締め付け厚さ等の問題が解決され現在ではメタルガスケットは100%使用される様になっている。しかし、メタルガスケットを成立させるには幾つかのハードルがあった。シリンダーまわりはグロメットを巻いて圧力をあげガスシールできても、水孔とオイル孔のシールはヘッド締め付け力がシリンダーまわりに比べ弱い場合が多い。そこでシリコンラバーかフッ素ゴムのOリングを挟んでシールをしなければならない。又、母材がスチール板なので硬く強く、均等な締め付け力が必要で、ディーゼルエンジンの場合、太いヘッドボルトで1気筒あたり6本以上で締め付けてヘッド下面とブロック上面の剛性も強くする必要がある。更に、柔軟性に乏しいので曲がりの少ない平坦な加工と細かい面粗度を要求される。つまり、メタルガスケットの採用を前提としたエンジン設計が必要となり、使用され始めた時点では、エンジン開発者を悩ました部品の一つだった。新型エンジンに採用される新規のメタルガスケットは、当然の事ながらガスケット専門メーカーで作られる。自動車メーカーのエンジン開発部から新型エンジンの諸元や図面を入手し、ヘッドボルトの軸力、シリンダーヘッドとシリンダーブロックの表面粗さ、それに燃焼圧等のデータを元に締め付け厚さが決められる。ガスケットの図面を作図しそれを元に製作されたガスケットはエンジンに組み込まれる前に静的評価試験が行われィ、これは特殊なシートを使い、色の変化でボアの周辺やグロメット周りの面圧を確認さる。そうして出来上がった試作品のガスケットは自動車メーカーに送られ始めてエンジンに組込まれ、エンジンベンチ上で試運転される。200~300時間連続運転され長時間の使用によるガス漏れ、水漏れ、オイル漏れ等が無いかチェックされる。新型エンジンの場合、試作エンジンが完成してから量産化する迄の間に最低でも1~2の設計変更があり、それに合わせてガスケットも作り直されより完成度の高い製品にされる。

