カストル油 紛失事件編 | 世界珍ネタHunter!

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日本海軍では昭和12年に鉱油の採用を決定した。ちょうどその頃「九七式一号艦攻」が量産に入り、同機に搭載していた「光」エンジンについて、カストル油を鉱油に入れ替える作業が尾島飛行場格納庫前で行われることになった。因みにカストル油と鉱油を混合させるとガム状になり潤滑不足からクランク軸やカム軸、シリンダー等を焼損するので、入れ替え作業は神経を使う作業であった。オイルの入れ替え作業は滑油タンク、パイプ、エンジンのオイル溜まり等を分解し一滴残らず従来のカストル油を排除して、最後にエンジン内部に残存してるカストル油を運転、停止、排油を繰り替えしながら、根気よく鉱油に入れ替えて行った。太田製作所在庫の「光」10数台の鉱油切り替え作業を無事に終え、尾島飛行機格納庫前には、カストル油の缶が山積みにされた。暫くすると格納庫前に山積みにされていたオイル缶が無くなっていた。その後、中島飛行機工場が在った太田町には中島飛行機出入りのタクシー会社「富岡タクシー」があったが、そこの社長が中島飛行機工場の第二研究課を訪れ水谷総太郎氏を尋ねて来て話し始めた。事の経緯は、尾島飛行場格納庫前のカストル油の山に魅せられて、飛行機に使う油ならさぞかし高級品だろうと即断し自社の車に使用したが、エンジンが回転しなくなり全車が使えなくなったと言う。原因は鉱油とカストル油が混合した為のガム化現象で在った。尾島飛行場格納庫前のカストル油缶の紛失事件もこれで犯人が判明したが、本件は不問に付すと言う事になった。





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