№3 スバル360 開発段階 | 世界珍ネタHunter!

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住江製作所がフライングフェザーを発売した当時、展示会場で実物を見た百瀬は、こんな感想を漏らしていた。「タイヤが大き過ぎて、これじゃースペースが取れなくて、2人しか乗れないのはやむを得ないな」当時、タイヤはタイヤ協会の定めたタイヤサイズしか作られておらず、乗用車用の最小サイズは11インチだった。その下はオートバイ用の9インチになってしまう。百瀬はK10用として、どうしても10インチサイズのタイヤが欲しかった。そこで東京のブリジストンタイヤ本社に出向き、技術部長に10インチサイズのタイヤの製作を依頼した。当時は、タイヤ協会の会合での話し合いよって承認されないと製作は出来ない事になっていた。しかも、乗用車での実績が無い富士重工の為に、態々特別サイズの10インチタイヤを作るにしても、売れるのかも見通しがない。新たに設備投資するだけ無駄になる事も考えられたが、依頼を受けた技術部長はリスク覚悟でタイヤの製作を引き受けてくれたのである。この10インチタイヤは、スペースの問題だけでは無く、重量軽減にも貢献するだけに百瀬は大いに喜んだ。サスペンションの方式を決めるにしても、限られたスペース内で納まり、しかも軽量で乗り心地の良い物でなければならない。即存の板バネ式では重量軽減には貢献しない為、シェトロエン2CVをヒントにトーションバーの使用を思い付いた。以外かも知れないが日本車では、初めての試みである。特殊金属による棒状のスプリングだから、軽くて構造は極めて単純で、部品点数も少なくてコストも押さえられる。トーションバーの両端につけられたアームに衝撃がかかると、トーションバーが捩れる。それが戻ろうとする時の反発力がバネになって、クッションの役割を果たすのである。構造があまりにも単純だったので、かえって警戒心がはたらいていた。しかし、何度も耐久性、信頼性の試験を繰り返したが、問題が無かった。そこで思い切って採用する事にした。基本計画で、排気量は法令の上限360ccとし、最高速度は80Km、総重量340Kgとなっていた。「もっとも問題で、しかも一番苦労したのはやはり重量です。なにしろ小さな板金部品でも、図面に上がってくると、すべてについていちいち無駄な所があるとか、板厚をワンゲージ下げられないかと、そんな事ばかりやっていた。エンジン、シャーシ、ボディ等各部分毎に重量を割り当てて、計画内に納めるようにしたが、こうした考え方は航空機時代から当然の事として身についてましから」と百瀬は話した。百瀬は東京帝国大学工学部 航空学科原動機専修課程を卒業後に中島飛行機に入社した。昭和17年の入社に際して配属先の希望を聞かれ、尊敬する富塚清教授の教えにしたがって、機体艤装を希望した。希望が受け入れられて、艤装部門がある大田工場に配属された。後に小泉製作所設計部で高速偵察機「彩雲」の性能アップの為、搭載エンジンに装備するターボチャージャーのインタークーラーの配置設計を担当するようになる。試作機に2回程乗り組み飛行試験して性能確認していた所で終戦を迎えた。

次回につづく






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