№5 吉村秀雄と爆撃機「銀河」 搭乗編 | 世界珍ネタHunter!

世界珍ネタHunter!

平凡な毎日を珍ネタで生活に潤いを・・・?

司令部からの指示は昼前にあった。「夕方6時に車を迎えにやる。其れまで待機するように。多言無用の事」司令部差し回しの車に乗っている間、江川と吉村は一言も話さなかった。台北支社から新竹基地迄は車で2時間を要するが、米軍機からの銃撃を回避する為に幹線道路は使わずに迂回して行かなければならない。車が基地に着いたのは午後9時近くだった。そのまま滑走路を進み指揮所前で車を降りた。件の参謀が待っていた。「まだ明るすぎる。月明かりの暮れる零時過ぎが予定の時刻だ。それまでは楽にしてくれ。」黙ってうなずいた2人が空を見上げる。満天の星空だった。吉村は、指揮所の後にそびえる真っ黒な山波の彼方からなにやら物音が聞こえたような気がした。その北東の方向に視線を走らせながらハッと気が付く。「もしかして沖縄から・・・まさか、その砲声が風に乗って・・・」4月1日の米軍上陸以来、住民をも巻き込んだ凄惨な戦いが昼夜を分けずに続けられていた。大本営は「天一号作戦」を発令して全面的な特攻に踏み切ってる。しかし、神風特別攻撃隊として投入されたパイロットの練度は低過ぎ離着陸がやっとと言う有り様だった。沖縄近海で迎撃に上がった敵機に後方を付かれて銃撃されても、なす術も無くひたすら直線飛行を続け撃墜されいった。
「大空のサムライ」の著者である坂井三郎は、後に語っている。「ベテランパイロットの場合、不覚にも後方からの銃撃を受けたら、瞬時に射線をズラそうと機体を横滑りさせたりダイブします。直線で飛行を続ける事は絶対に有りません。彼らは速成教育を受けただけのパイロットですから、回避運動の術も知らずして撃墜されて行ったのでしょう。非常に可哀想な事です。」当時の日米パイロットの技量差を簡単に例えるとしたら、自動車学校を出て車の免許を取り立ての者がベテランドライバーが犇くカーレースに参戦する様な感じだろう。飛行機の性能云々の前にその性能を引き出させるだけの技量が無ければ戦力化するのが難しく、練度の低い者でも戦力化出来る苦肉の策として飛行機に爆弾を搭載して機体もろ共体当たりする方法が考案されたのであろう。吉村と江川の2人には兵員宿舎の一室があてがわれた。人の良さそうな中年の当番兵がなにくれとなく面倒をみてくれる。サイダーや菓子が差し入れられていた。ただ、他の将兵との接触は禁じられていた。「今にして思えば・・・民間パイロットが特攻機の先導を務めるなんて、やっぱり外部には洩らしたくなかったんでしょうね。僕たちは隔離されていたわけですよ。例の当番兵にしたところで監視の意味もあったのかもしれません。」定刻になり、江川が吉村を促して立ち上がる。部屋のドアを開けて廊下に出ると当番兵が立っていた。その当番兵に断わった上で2人は外に出る。銀河を既に滑走路で待機していた。先日の江川の注文通り綺麗に磨き上げられていた。操縦席には五合瓶が一本置かれていた。江川が封を切り、まず一口つけた。そして電信席の吉村に手渡した。「一杯やるか?」吉村も一口呷る。更にもう一口を一気に流し込んだ。その時、総員集合が告げられた。待機所から隊員達が走ってくる。指揮所前に飛行服を着た隊員達と、これを送る側の指令以下参謀達が並んだ。2人の位置からでは、その音は聞こえない。ただ、月明かりのもとで無言劇を眺めているにすぎない。江川が声をかけてきた。「さあ、こっちも最後の点検だ。」

次回につづく