捨てる
いろんなものを捨てている。
服、食器、ボディタオル、本、漫画、雑誌、CD、
先日部屋に来た友達に、友人の子がやはり恋愛関連のストレスで馬鹿買いをしてしまい、借金まみれで風俗まがいのことをしている、という話を聞いた。
それと根は同じかもしれない。
とにかく捨てる。捨てようと思えば捨てる物品が必要になる。
この場合部屋を整理しようとか綺麗にしようとかいう目的じゃない。
事の始まりは彼女から借りっぱなしだった(最終的にはもらった)ジーンズを捨てたことから始まった。彼女に買ってもらった服、一緒に選んだ服を捨てる。写真も捨てる。画像があったら消す。勢いづいて、彼女以外の人間から届いた数年前の手紙(両親・友人含む)も捨てる。食器、調理器はすべてもえないゴミ袋につめて新しいものを買った。
もうぜんぜん趣味じゃない、昔好きだったミュージシャンのCDも捨てる。
今の自分に必要じゃないと思われるものはすべて捨てた。
新しく生まれ変わるとかそういう強圧的な作業じゃなく、物を捨てて自分が軽くなっていくのが感じられる気がした。今並んでいるのは、自分で選んだ服、自分で買った食器、自分で買った本だ。
彼女から借りたままの本とCDも捨てようと思ったが、それこそ友達という名の他人となった今、それは了承がいるだろうと思い捨てるのはやめて本棚の奥に押し込んだ。
前の日記に、節分の時期の恵方巻きをほおばるのが彼女は好きだった。
その時期にもう一度メールしてみようか。別れを告げられて一ヶ月だ。
そう書いた。
一緒に音楽をやっている友人にメールをした、
彼は自分と違い、出会いと別れを経験している人だ。
自分は、きちんとつきあったのは彼女が初めてだった。だからその分、別れの
衝撃は死にそうなほどだ。
彼からもらうメールは、部屋に来てくれた友人、一緒に飲みながら話を聞いてくれた友人のどれとも違っていた。
。一ヶ月近くたって連絡が向こうから来ないと
>いうことは、もう終わったこととして生きてったほうがいいのかな。
>正直連絡できない、もう会わないと言って他人に戻るのは辛いよ。会おうと思えば会
>えてしまう今の状況が良くないのかな。
そう書いて送った。返事は、
確かにその状況がよくないです、というのも**さんは他の行動をする時、今までの蓄積をモノにして消去する事で前に進むのが 正 として生きてきた強さだから。それとこれとは違う話しのようですが 多分それが一番自分にあった手段なんですよ。自分は結構やれるはず。
そう返ってきた。
蓄積をモノとして消去することで前に進む、と自分のことが書かれてあり、
不遜でもなんでもなく、そういえば、音楽でもそうだった、と思った。
彼は相手と別れ、新しい好きな人が出来るまで二年間連絡を取らなかったそうだ。今ここで話をしても、また逆戻りする危険があると。
彼は最後にメールで、
>辛いですが 本当に**(彼女)さんを思うなら 耐えるべき。やはり楽しく会わなければ価値はないです、
応援してます
そう結んであった。
楽しく会わなければ価値はない、という言葉をよく考える。
今俺は彼女にメールを送って、返事が来て、そこで楽しいだろうかと。
嬉しいとは思う。けれど、多分楽しくはない、楽しいはずはないだろう。
こちらは別れる前の彼女にメールを打つ。返ってくるのは別れた後の、友達という名の他人からのメールだ。他人より、もっと溝の含まれたメールだろう。
その溝に自分は必ず気づく。送る彼女の気持ちは分からないが、
他に好きな人ができていたとしての返信なら、それこそうざったいだろうし、
一人いる時間に慣れつつある状態でもらったメールならば、
それこそ自分で溝を刻んだメールを書いて送ってくるだろう。
お互い楽しいはずはない。
こっちが勝手に先走ってそう考えて、向こうはあっけらかんと昔の男、友達からのメールとして返信してくるのかもしれないが、それも自分はやはり、返事が来るのは嬉しいけど、好きでいて、好きでいてくれる相手からのメールじゃないから幸せにはなれない。
自分で彼女に連絡はできない、と言い聞かせたほうがいいですと彼は書いていた。その言に習おうと思う。
相手に辛いからもう会えない、連絡できないと告げることはやっぱり出来ない。けれど、こちらが連絡をとらないままでいることならできそうだ。
今日は部署替えで、自分のデスク周りを整理した。
いろんなものを捨てた。数年前の仕事の資料。その資料を基に作っていた紙媒体はとっくに廃刊になっている。
明日から土曜日までほぼ出張だ。
体を動かすこと、頭を働かすこと。よく眠ること。友達と話すこと。
自分一人の生活を確立させること。
この書き殴りに、男性の読者さまからメールをいただいた。
それこそネットでできた木のうろに自分のぐちゃぐちゃを書き殴っているだけだけど、勉強になると言ってくれた。なんだか不思議な気分だけど、どうもありがとうございます。
服、食器、ボディタオル、本、漫画、雑誌、CD、
先日部屋に来た友達に、友人の子がやはり恋愛関連のストレスで馬鹿買いをしてしまい、借金まみれで風俗まがいのことをしている、という話を聞いた。
それと根は同じかもしれない。
とにかく捨てる。捨てようと思えば捨てる物品が必要になる。
この場合部屋を整理しようとか綺麗にしようとかいう目的じゃない。
事の始まりは彼女から借りっぱなしだった(最終的にはもらった)ジーンズを捨てたことから始まった。彼女に買ってもらった服、一緒に選んだ服を捨てる。写真も捨てる。画像があったら消す。勢いづいて、彼女以外の人間から届いた数年前の手紙(両親・友人含む)も捨てる。食器、調理器はすべてもえないゴミ袋につめて新しいものを買った。
もうぜんぜん趣味じゃない、昔好きだったミュージシャンのCDも捨てる。
今の自分に必要じゃないと思われるものはすべて捨てた。
新しく生まれ変わるとかそういう強圧的な作業じゃなく、物を捨てて自分が軽くなっていくのが感じられる気がした。今並んでいるのは、自分で選んだ服、自分で買った食器、自分で買った本だ。
彼女から借りたままの本とCDも捨てようと思ったが、それこそ友達という名の他人となった今、それは了承がいるだろうと思い捨てるのはやめて本棚の奥に押し込んだ。
前の日記に、節分の時期の恵方巻きをほおばるのが彼女は好きだった。
その時期にもう一度メールしてみようか。別れを告げられて一ヶ月だ。
そう書いた。
一緒に音楽をやっている友人にメールをした、
彼は自分と違い、出会いと別れを経験している人だ。
自分は、きちんとつきあったのは彼女が初めてだった。だからその分、別れの
衝撃は死にそうなほどだ。
彼からもらうメールは、部屋に来てくれた友人、一緒に飲みながら話を聞いてくれた友人のどれとも違っていた。
。一ヶ月近くたって連絡が向こうから来ないと
>いうことは、もう終わったこととして生きてったほうがいいのかな。
>正直連絡できない、もう会わないと言って他人に戻るのは辛いよ。会おうと思えば会
>えてしまう今の状況が良くないのかな。
そう書いて送った。返事は、
確かにその状況がよくないです、というのも**さんは他の行動をする時、今までの蓄積をモノにして消去する事で前に進むのが 正 として生きてきた強さだから。それとこれとは違う話しのようですが 多分それが一番自分にあった手段なんですよ。自分は結構やれるはず。
そう返ってきた。
蓄積をモノとして消去することで前に進む、と自分のことが書かれてあり、
不遜でもなんでもなく、そういえば、音楽でもそうだった、と思った。
彼は相手と別れ、新しい好きな人が出来るまで二年間連絡を取らなかったそうだ。今ここで話をしても、また逆戻りする危険があると。
彼は最後にメールで、
>辛いですが 本当に**(彼女)さんを思うなら 耐えるべき。やはり楽しく会わなければ価値はないです、
応援してます
そう結んであった。
楽しく会わなければ価値はない、という言葉をよく考える。
今俺は彼女にメールを送って、返事が来て、そこで楽しいだろうかと。
嬉しいとは思う。けれど、多分楽しくはない、楽しいはずはないだろう。
こちらは別れる前の彼女にメールを打つ。返ってくるのは別れた後の、友達という名の他人からのメールだ。他人より、もっと溝の含まれたメールだろう。
その溝に自分は必ず気づく。送る彼女の気持ちは分からないが、
他に好きな人ができていたとしての返信なら、それこそうざったいだろうし、
一人いる時間に慣れつつある状態でもらったメールならば、
それこそ自分で溝を刻んだメールを書いて送ってくるだろう。
お互い楽しいはずはない。
こっちが勝手に先走ってそう考えて、向こうはあっけらかんと昔の男、友達からのメールとして返信してくるのかもしれないが、それも自分はやはり、返事が来るのは嬉しいけど、好きでいて、好きでいてくれる相手からのメールじゃないから幸せにはなれない。
自分で彼女に連絡はできない、と言い聞かせたほうがいいですと彼は書いていた。その言に習おうと思う。
相手に辛いからもう会えない、連絡できないと告げることはやっぱり出来ない。けれど、こちらが連絡をとらないままでいることならできそうだ。
今日は部署替えで、自分のデスク周りを整理した。
いろんなものを捨てた。数年前の仕事の資料。その資料を基に作っていた紙媒体はとっくに廃刊になっている。
明日から土曜日までほぼ出張だ。
体を動かすこと、頭を働かすこと。よく眠ること。友達と話すこと。
自分一人の生活を確立させること。
この書き殴りに、男性の読者さまからメールをいただいた。
それこそネットでできた木のうろに自分のぐちゃぐちゃを書き殴っているだけだけど、勉強になると言ってくれた。なんだか不思議な気分だけど、どうもありがとうございます。