こんばんは

NORIです

4月21日に鹿児島に行ってきました。
目的は知覧特攻平和会館です。
必ず一度は行く!と決めていた場所。
10数年かかってしまいましたが…
沢山の展示物、資料、写真…
語り部さんによる歴史…
それぞれが、いろんな想いや家族に照らし合わせ、立ち止まり、涙します。
私もこれほど自分から涙が出るのかと信じられないぐらい、涙がでました…
特攻で逝かれた飛行兵は1036名。そのうち知覧からの出撃は402名で、多くは20歳前後の少年飛行兵だったそうです。
少年が空に憧れてるのは今も昔も同じで、飛行兵になる為に若くして親元を離れ、猛勉強と特訓の日々だったとか。
しかし、どんどん戦況が悪化し…陸軍が立てた戦術こそが、特攻。
私なら、最初にそんな事聞いていない!って言ってしまうでしょうね…
あまりの歴史の大きさに、うまく書けません…
引き揚げられた零戦
戦闘機が好きな私。正直、隼や飛燕、零戦、空冷、水冷エンジンや模型などに期待する気持ちもありましたが…
息、止まりました。
何分、この空間にいただろう…
展示室には沢山の写真があり、まだまだあどけなさが残る青年、少年達がいっぱい映ってます。
写真を観ながら、限られた短い時間の中で少しでも年相当な冗談を言ったり、野球をしたり、他愛ない話で盛り上がったり出来ていてほしいと思いました。
沢山の寄贈品もありました。
それらのほとんどは、持ち主がしっかりわかっています。名札が付いてます。
それを観ると、どうしても親の気持ちになりました。
息子が最後に使っていた日用品、手帳、衣服などなどです…
手元に置いておきたい、大切な大切な遺品…いや、息子そのものかもしれません。
どんな強い思いで、寄贈したのでしょう…
その思いを推し量った時、また涙が止まりませんでした
その意味を知る為にも、一度は訪れてほしいです。
私は弱いなぁ
母親として弱いと、情けなくなりました…
最後の手紙もたくさん展示されています。
みなさん、びっくりするほど綺麗な、しっかりとした字を書かれています。
父親に宛てた手紙には、父の名を汚さないよう立派に…という軍人の顔が多いのに比べ、母親に宛てた手紙には、自分が逝った後の母の姿を想像して宛てた、優しい息子の顔が多いのが特徴的でした

どの視点からオーバーラップするかは、見た人の今ある立場によって違うと思います。
私が訪問する前と後で大きく違ったのは、意外な感情でした。
どこか、なんとなく遠い?っていうか、人として違い過ぎる気がしてたのが、すごく近く感じました。
相変わらずうまく書けませんが…

親は親で、少年の笑顔は今も昔も屈託無く。
友達と過ごしてる時が一番楽しいのも、変わりはなく。
延長線上に今が繋がってるって感じれました。
ただ、戦争があったかないかの違いなんだと…
戦争は絶対にだめですね
そんな当たり前の、わかりきってる事だけど、これほど深く理解したのは初めてかもしれません。
思い切って、知覧に行ってよかった。
知覧は気候も優しく、空気も綺麗で、穏やかな土地でした。
茶畑が広がり、すぐそこに夏がある、そんな一日でした

鹿児島旅②武家屋敷〜指宿に続きます




