5年前の今日、東北大震災があった日。


もうすぐ、その時間がやってくる。(現在14時22分)


5年前の今頃、私はバナナケーキを作るために


ダイソーで、ケーキを焼く入れ物を買いに行っていた。


あの日も今日のような寒い日。


大きさが分からず、悩んで悩んで(優柔不断な私)やっと決めた入れ物を


カゴに入れて、ちょっと違う物も見ていた。




しばらく、店内をフラフラとしていたら、ガタガタと商品が音を出しはじめた。


すぐにおさまると思っていたのが、どんどん音は大きくなり、揺れも酷くなってきた!!


「何?何???」


経験した事もない揺れと店内の音にビックリして、カゴをその場に置いて


外に出た!!


他のお客さんも外に出て、店員さんも、お客様に「外に出てください!」と大きな声で


叫んでいた。


外に出ると、あまりの大きな揺れに立っていることも出来ず、みんなその場でしゃがみこんでいた!!


駐車場が、波うっている。


車が踊ってる。


立てない。


歩けない。


身体が震えた・・・・。



周りを見ると、道路の向こう側の家の屋根瓦が落ち始めた。


外壁が崩れ落ちる家もあった。



映画でも撮ってるかのような・・・・・現実に起きている事とは思えない光景。



怖いと同時に、家に残してきた萌とラムの事が心配でたまらなかった!!


帰りたい!!


自分の車は目の前にあるのに、そこまで行けない。


私の車も、揺れて辿り着けても乗ることが出来なかったと思う。


どれくらい揺れていたのだろう・・・・。


随分長い時間揺れていたと思う。


その間、色んな家の屋根瓦が落ちてしまっていた。


その日は、調度息子が隣の家にいる事を思い出し


すぐに電話をした。


けど当然のように繋がらない。


何度も何度も電話をしたら、奇跡的に繋がった!!


震える声で、息子の無事と自分の無事を伝え


息子に、「お願い!萌とラムを見てきて!!」


息子は家の鍵を持っていなかった。


窓際から、萌とラムを呼んでもらい、息子の方に寄せてもらった。


もし、何か落ちていたら・・・・それだけが心配で仕方なかった。


あ~~~なんで息子に鍵を渡しておかなかったんだろう・・・と後悔した。




家まで普通なら車で10分くらい?


そんな時に限って、信号は赤になる。


運転している間も、車は揺れた。


何回、地震が起きたのだろう・・・・。



家に着いたら、息子が家の前で萌とラムに話しかけていてくれた。


家に入り、興奮する萌とラムを抱きしめ、無事で良かった!!!と安堵した。



幸い、我が家は地震に備え、家を建てる時、あまり家具を置かないでいいように設計していた。


家具を置いても倒れる事のないように、低い家具。


そして、テレビは壁に取り付けていた。


こんなに大きな地震が起きるなんて考えもしなかったけれど


萌とラムの事を考えておいて本当に良かったと思った。



落ちたのは、キッチンにあったコーヒーが入った瓶。


それだけが、落ちて割れ、コーヒーが散乱していた。



息子が萌とラムを呼んでくれたお陰で、萌とラムは無事だった。



その後、家の付近は停電になり、次の日の朝までラジオとランタンの灯りだけで


過ごした。


ここの震度は5強だった。


その後も、何度も何度も余震が起きた。




震源地が何処だったのか・・・。


東北で何が起きているのか・・・。


その時は聞いていたかもしれないけれど、今は、全く覚えていない。



次の日、電気が復旧し、テレビで見た光景は、今起きている事だなんて


信じられなかった。




あの日・・・・どれだけの人たちが、亡くなったのだろう。


家を失ったのだろう。


家族を失ったのだろう。


友達を失ったのだろう。


思い出を流されたのだろう・・・。


今も、家族を探している方がいる。


今も避難されて不自由な生活をしている方がいる。


あの日から  色んなものを失った方が大勢いる。





ラムが免疫の病気になったのは、それから数ヵ月後。


お転婆で、いつも元気なラムだけど、本当はとても臆病なラム。


あの日の恐怖が一気に免疫を落としてバランスを壊してしまったのではないか・・・と


今でも思う。



何故・・・ダイソーなんかに行っちゃったんだろう。


もっと早く帰っていれば、良かった。



あの日から・・・・ずっと後悔は続いている。


過去を振り返っても仕方ない。  もっと苦しんでいる人だっている。


そう思っても、やっぱり後悔は消えない。




あの日以来、私はあんなにマイブームだったバナナケーキを作る事はない。


食べたいとも思わない。



ラムの病気で何度も泣き、不安、自分への怒り、




命を守るために、毎週高速2時間かけて通った東京の動物病院。


夜中の2時頃起きて支度をし、5時間かけて、通った神奈川県にある大学病院。



お金も軽自動車の新車が買えるくらい掛かった。


ストレスと心労が溜まっていくのが自分でも分かった。


次の年の1月3日。


私は回転性目眩で救急車で運ばれた。


それから、私の生活が変わった。


普通と言われる生活が出来なくなった。



今も、続いている。



ラムも・・・・・私も・・・・・・。





東北大震災・・・・・。


3.11  



前日は、私の誕生日だった。



忘れたくても忘れられない日。



みんなに「誕生日おめでとう!」と言われ、嬉しい気持ちでいっぱいの次の日は


大震災のあった日。




私の中で、東北大震災=ラムと私。



どうしても繋がってしまう。




忘れてはいけない日。



けど、忘れたい日。




戻れるのなら、5年前のあの日。


いえ・・・・大震災のない  違う世界。



みんなそう思うよね・・・。



形は違うけど・・・痛みは同じ。



それでも、前を向いて歩いていこうとする人がいる。


私も、前を向いて歩いて行きたい。




亡くなった方たちの分まで



生きている事の有難さを・・・・大切にしないといけない。




普通の生活


平凡な毎日



実はそれが一番幸せなんだと思う。



失って初めて分かる気持ち。




失う前に・・・・・気づかないとね。