ヒョウジンニムのみ言葉を久々に見る機会があり、

それを見て感じたことをお伝えいたします。


皆に何か感じて頂けたらと思って書かせて頂きます。



自分で決意することが、自分を決定づける。

自分の行動は最終的には誰に影響を受けようと自分の責任なのです。

自分で決めるという自己中心という概念ではなく、自分のやること全ては私自身が決定したことであり

責任を持たなければなりません。誰がいったからと言って、それのせいにするのはいけません。

人に責任を押し付けるべきではないということです。

人生の最高責任者は自分です。

だから、よくよく考えなければならないのです!!





いやっ待ってください。 





よくよく考えなければならないと思ってしまいがちですが、もしかしたら

そうでないのかもしれません。

これでは、考えすぎて前に進めないかもしれません・・・。





つまり、ある程度の考えは必要ですが、失敗しない為に考えるというよりも

最低限の考えをまとめたら、成功するかもしれないし、失敗するかもしれなくても、まず実践してみる。



実践してみて、結果を見て、その結果がみこころだということではないでしょうか?

つまり、こういうことです。



1.決意してやってみる

2.A 成功する⇒感謝

B 失敗する⇒軌道修正する⇒成功する



上記を繰り返すのが私たちの人生であり、何をやっても成功するかなど本当の意味ではわかりません。





しかし、成功しなかったとしてもその経験をして何かを感じることこそがみこころだとしたならどうでしょうか?

何かをしようとするとき、失敗を恐れて立ち止まってしまったらどうでしょうか?

神様が与えたかった何かをつかみ損ねてしまうのかもしれません。・・それもみ心でしょうか?

何かのみ言葉にこのようなことが書かれていたのを思い出します。

立ち止まることは後退しているのと同じだと  このようなことが書かれていたのを考えたとき、

失敗を恐れるのではなく、失敗もみ心の藩中であると考えるなら、前に進めるのではないか?

そう思うのです。





心がなかなか進まなくて決意出来ないときも、ただ難しくて決意出来ないときも前に進んでみたらいい。

そこにみ心があると考えます。正しければ正しいことが分かり、正しくなければ正しくないことが分かる。

立ち止まるより、よっぽど素晴らしいと思いませんか?



失敗と成功からは答えを見いだせるかもしれませんが

何もしないことからは、何も生まれないのです。





授受作用をするためには、まず、誰かがアクションを起こさなければなりません。

そこから力が生ずるはずです。



失敗を恐れない、むしろ失敗と成功を楽しむ人生にしてはどうですか?




世間に影響力を持つためには、バランス感覚と実践力が重要なのです。





心配しないで前に進みましょう。

私たちには、神様と御父母様がついているのですから。


それでは。