先日、通勤途中の路上で
小さい子猫が、クルマに轢かれていますた。




でもまだ、生きているの。
動いてる。




どうしよう‥‥
無視して、職場に急ごうか。
ああ‥‥。




少し行きすぎたのですが
クルマをUターンして戻り
子猫を拾いに行きますた。




あんまり通勤ラッシュも
かぶらない道なのですが
少しだけ混んでいて、なかなか
拾いに行けない。





でも車輪と車輪の間に、居るので
それ以上、轢かれては居なかった。




やっと子猫を拾って
行きつけの獣医さんに急ぐ。




でも。
子猫はもう、ぐったりしていて
なんだか、脈も感じられない。
身体に温もりはあるんだけど‥‥






その行きつけの獣医さんは
以前から、子猫をもらう約束をしていた。





でもこの子が助かったら
この子を飼おう、と思ったです。





獣医さんへ行くにも、
なかなか時間がかかってしまった。




子猫はまだ、小さい。
ぐんにゃりとしていて
なんだかガラス玉みたいな
二つの目が、ぼーーっと開いている。

瞳孔が開いてしまっている??






獣医さんでもらう約束の子猫は
メスを希望していたので
名前も考えていますた。
女の子だから「にゃあこ」。



でもその子猫を
「にゃあこ」と呼んで
声をかけ続けますた。


ダメだろうか‥‥
もう、間に合わないかな‥‥。





獣医さんにやっと着いて
子猫を見せる。





「アタマをやられているね‥‥


それにもう、息をしてないよ‥‥。」





やはりダメだったか‥‥。





職場には、遅刻の電話を入れていたので
うちの畑に行き、子猫を埋葬しますた。





おとんは、「ずいぶん、親切じゃんか??」と皮肉。


「まぁ猫に関してはね。」
と、あたくし。




家から、捨てる予定の古着をもらってきて
白い古着に、にゃあこをくるみ
土を掘って、埋める。



たった1時間ほどの、
ご縁だった、ちいさいにゃあこ。


この子のことは、とても残念だったけれど




にゃあこを触っていたら
すごくすごく、
また猫を飼いたくなりますた。




獣医さんに、ついでに
もらう予定の子猫のことを聞いたら
「離乳させてからがいいから、まだ
もう少し、待ってて。」と言われる。




今度飼う予定の、子猫には
「にゃあこ2世」と名づけようと思うのです。






子供の頃。
なぜかすごく、身近な場所で
猫が死んでいたです。



もちろん、犬も豚も
路上や、側溝の中で
死んでいるのを見かけたです。


でもなぜか、子供の頃のあたくしは
猫の死んでいるのに、
すごく反応していた。




子供の頃は、
虐待やいじめのせいで
なんか、すごく、ヘンなことを
考えたりしていたです。



路上で死んでいる猫たちが
まるで死んだように生きている
自分のようだと、
思っていますた。




大人になっても、路上で
犬や猫が死んでいると
すごく怖くて
そのまま行き過ぎることが
イヤだったです。
でもその子達のために
なんにもできないので
結局、行き過ぎるしかできないんだけど



あたくしの中に
小さい女の子が居て
その子が、悲しくならないように
辛い思いをしないように
自分で守って生きていかないと
自分の心のなかの辛さは
無くならない‥‥と


本で読んだことがあって



だから、この「にゃあこ」のことは
すごく、小さい頃からの
自分のなかの溜まっていたものが
発散できたような気がしてならないです。


まぁ、もう2度も3度もは出来ないけれど。^^;


猫を飼うことや
可愛がることは、
あたくしのなかで、
すごく癒しになります。



だから、また猫が欲しい。
その子とまた、新しい日々を生きたい。


にゃあこは、わかっててくれるのかなぁ‥‥。
1時間ほどのご縁のなかで
にゃあこは、きっとこの希望を
あたくしが忘れないように
来てくれたような気がいたします。