仙台湾沿いに平野が広がる名取市閖上
閖上(ゆりあげ)には高台がありません。
3月11日の震災で、多くの住民は付近に高台がないので避難に車を使いました。
海辺の閖上(ゆりあげ)地区では人口の1割を超える約600人が遺体で見つかったのです。
助かった住民が津波の直前に見ていたのは、避難する車の大渋滞だったのです。
多くの住民が車ごと波にのまれてしまい、惨事は、二つの要因が重なって広がったのでした。
渦を巻く車
「歩道橋へ急げ」
閖上郵便局を飛び出した局長の小平利則さん(52)は周りの人に絶叫しました。
午後3時50分過ぎ。約1キロ離れた閖上港を襲った津波が迫っていました。
歩道橋が架かる500メートル先の五差路へ夢中で走りました。
車道では車が渋滞しています。
車を捨てて逃げようとする人たちが目に入りました。
子供を抱えて転倒する母親もいましたが助けられません。
歩道橋に上った2、3秒後、津波は五差路を一気にのみ込んでしまいました。
「まるで洗濯機だ!」
渋滞は五差路の先にも延びていました。
身動きできなかった多くの車が、歩道橋の真下にできた渦に巻き込まれていきました。
娘は、昨年まで歩道橋のすぐ側の児童館に勤めていました。
お友達は、波の飲まれましたが浮き上がることが出来たのだそうです。
落ちてきたロープにつかまり、屋根に這い上がったそうです。
ランドセルを背負った子どもがランドセルの浮力で浮き上がってきたそうです。
その子を引っ張りあげて屋根の上で一夜を過ごしたそうです。
危機一髪でした。
