秋田の竿灯まつりが見たい、あめんぼくん
7月に仙台市役所前広場から定禅寺通りで行われた東北六魂祭を見たいと思っていたのは、あめんぼくんだけではありません。
あの時、定禅寺通りの銅像の足元の水溜りに居たあまんぼくんが見たのは、たくさんの人の足と靴ばかりでした。
凄い人ごみで、ねぶたもさんさ踊りの行列も、花笠音頭のかさ振りも見えなくて、背伸びをしたときたくさんの提燈が目に入りました。
「あの提燈を立てるんだって?」
竹ざおに飾られたたくさんの提燈を背中や肩の上に乗せるんですって!
それは、凄いことです。
しかし、人が多すぎて危険なので今日は中止するそうです。
「ざんねんだ・・・」
あめんぼくんは、つぶやきました。
あの不思議な提燈の群れの由来をあめんぼくんは、調べ始めました。
竹の竿のうえに提燈がいっぱいついいる、あの祭りのことが気になって仕方がなかったのです。
竿灯祭りは、真夏の病魔や邪気を払う行事として秋田地方で今の原型が出来上がったといわれています。
現在残っているもっとも古い文献は、1786年に出来た紀行文「雪の降る道」で紹介されているそうです。
秋田独自の風俗として伝えられている、長い竿を十文字に構え、それに灯火を数多く付けて、太鼓を打ちながら町を練り歩くものでした。
もともと藩政以前から秋田市周辺に伝えられていた「ねぶり流し」と言う行事が元になっているそうです。
笹竹や合歓木に願い事を書いた短冊を飾り町を練り歩き、最後に川に流す行事だったそうです。
それが蝋燭の普及、お盆に門前に掲げられた高灯篭などと組み合わされて今のような行事に発展したものといわれています。
あめんぼくんは、最後の力を振り絞って秋田に飛んで生きたいと思いました。
