今日は病院へ行った
隣のおばさんが話しかけてくる
バーバ「あんた若いのに何処が悪いんだい?」
ポチ 「何処か悪いかもしれないから来てみたの」
バーバ「あたし幾つに見える」
ポチ 「50才ぐらいじゃろ?」
なんなんだよ...U-_-U
バーバ「あたしゃ昭和3年生まれだから80才、若く見えるのは父親ゆずりかな? いままで苦労なんかした事ないよ。」
確かに診察用紙に昭和3年て書いてある、でもなんだよいきなり
...U-_-U
ポチ 「でも人間は苦労しなくちゃイケナイって良く言われるじゃろ?」(バーさんそんなん自慢にならんてば)
バーバ「苦労するのかい?そりゃ苦労した方が良いかもしれないけど、したくない苦労や嫌な苦労は皆と分け合わないとダメなんだよ。見てごらんこの綺麗な手を」
まあ肌のつやと良い、綺麗な手といいシワが目立たないその顔はとても80才には見えない。オラは困った。
バーバ「結婚するなら、可愛いお嫁さん貰うんだよ。性格がいいだけでブスだと産まれてきた子供が可愛そうだろ。」
ポチ 「へぃ」ヽU゚∀゚Uノ
ようやくお婆さんは呼ばれて消えて行った。
返す言葉がありませんでしたなU^o^U
このお婆さんは、口や歯が綺麗なのにはく息が少し臭かったから、胃が悪いか肺ガンか?じゃろうか?
ある程度年を重ねたら赤系の服を着ると若く見えるって、前にもどっかの元気な婆さんが話してたけどこの人も濃いいピンクのスカートを履いていた.
昨日気になる作文を見つけたからコピーしとく「自己責任」論を喧伝した、マスコミと広告代理店には重大な責任がある。
自己責任論は当初、「勝ち組」によって上手く利用され、「負け組」を追い詰め、
派遣社員に成ることを精神的に強いたり、自殺に追い込むことに「役立った」。
しかし彼ら勝ち組は増長し、「負け組が死のうが自己責任」と公然と発言するように成った。
その論理は、勝ち組の大いなる身勝手で、非難されるべきものであったが、
小倉さんを始めとしたマスコミには、どちらかと言えば、それを是とするかのような発言が目立つように成って来た。
ここで負け組の反撃が始まった。それは自己責任論を勝ち組の論理では無く、負け組の論理で再構築することだ。
即ち「負け組が死ぬのが自己責任ならば、勝ち組が殺されるのも
殺される人間自身の自己責任(不注意等)であり、犯人が殺人罪で刑務所に入り
死刑に成るのも、犯人の自己責任」という、負け組的な自己責任論の解釈である。
「犯人に殺されるような場所に居た被害者が悪い(被害者に責任がある)」
という考えは、追い込まれた彼らにとっては、至極自然だったのかも知れない。
何が間違っていたのか?
それはまず、゛超゛自由主義的な「自己責任」論を、マスコミが無責任に喧伝したことだ。
人間社会は、単なる下等な動物社会ではない筈だ。
人間社会では殺人が悪事であるのと等しく、飢えた者に分け与えないのも悪事である。
つまり、人間社会には殺人の自由も無ければ、貧者を見殺しにする自由も無いのだ。
ならば、「自己責任」論はその部分で倫理的に破綻しており、その部分に対するフォローも無く、
無責任にその論理をテレビや新聞で広めること自体が、「悪」なのではないか?
マスコミには胸に手を当てて自省して欲しいと感じる。