【律令に記された神器は鏡・剣】

律令・神祇令第六

律令・神祇令第六には、

「凡そ践祚の日には、中臣、天神の寿詞を奏せよ。忌部は神璽の鏡剣を上げよ。」

と記されている。

律令を作成した大和朝廷は、

天皇位のレガリアが「鏡」と「剣」であると認識していたことを示している。

ここでは三種の神器のうち「珠」が含まれていない。

律令のこの記述は、日本書紀持統四年正月一日条の

「皇后に神璽劒鏡を奉上し、皇后は天皇位に即いた。」

とほぼ同内容となっているので、

おそくとも7世紀後半の持統即位の時点から、

レガリアは「剣・鏡」あるいは「鏡・剣」であって、「珠」は含まれていない。

ここに記された「神璽之鏡剣」について、岩波版の『律令』の補注には、

令義解には「神璽之鏡剣」は神聖なる鏡剣の意、

と記されていることを紹介している。

さらに、

「この五字(神璽之鏡剣)に関する限り、

神璽は印や玉(曲玉)ではなく形容詞であり、

神器は鏡と剣の二種とみられる。」

と記している。

公式40天子神璽条に

「天子神璽、謂践祚之日寿璽、宝而不用」

とあることをあげて、

「ここの神璽は践祚=即位のとき授受される印ととるのが自然である。

即ち、令には践祚(=即位)のとき授受されるものに、

鏡・剣及び神璽(印か)の三つを規定するのである。」

と記している。

「三種の神器」と慣用されるものが、

実は二種なのか、三種であれば、剣・鏡ともう一つが珠なのか印なのか、

いまだにはっきりしていないというのが真相のようである。

古墳と言い、三種の神器と言い、

開くことのないベールに包みこんでいることが

天皇制を維持してきた神秘の力となっているのだろうか。