【神武東征に三種の神器は出てこない】
三種の神器は記・紀に(記:八尺勾璁・鏡・及草那藝劒、
紀:神代下第九段一書第一:八坂瓊曲玉及八咫鏡・草薙劒、三種寶物)
と出ているように天孫降臨に際して瓊瓊杵尊が持参してきたものと
考えるのが普通であろう。
天孫降臨の起源をもつ三種の神器は
現在でも天皇家のレガリアと考えられている。
ところが、人皇初代の神武天皇が九州から大和へ東征するときに
三種の神器を持参してきたとはどこにも記されていない。
途切れているのである。
【新羅伝来の「珠」と「鏡」】
神武東征以降、古事記に「珠」が出てくるのは応神記。
それも新羅王子天之日矛の持参物としてである。
「鏡」も東征以降では応神記が初出で百済照古王からの献上品である。
「剣」は草薙剣が景行記のヤマトタケルの遠征で登場する。
【三種の神器に対する記・紀編纂者の認識】
古事記も日本書紀も三種の神器が編纂時の天皇家にとっての
レガリアであるという認識がなかったのではないかという懸念が出てくる。
持統四年正月条、前年までの称制を経て持統は即位することになるが、
「奉上神璽劒鏡於皇后。皇后、卽天皇位。」と記されており、
皇位の印として「神璽劒鏡」が持統にわたされている。
これを「神璽・劒・鏡」として、八尺瓊勾玉・草薙剣・八咫鏡と解する人もいれば、
「神璽としての劒と鏡」と解釈する人もいるという。
神武即位以来記・紀に三種の神器らしき記述が登場するのは
後にも先にもここだけである。