カミュの異邦人ですっかりフランスの雰囲気に魅了されるという、悩める小娘みたいな経験のあと、私は翻訳小説への漠然とした悪意（壁を感じる）を取り、というか取り去る方法をも含めてこのうっとおしい対象を愛することにした。私は自然に愛するというよりは、愛することに決めて愛するくせがあった。その最初の対象にえらんだのは鳥だった。周りの子どもたちが、みんな何の動物が好き、といわれると犬だの猫だのをあげたが、私はとりがはいっていないことに気づいた。鳥は私の生活に身近だった。マンションだけど庭があったので、そこへよく鳥がやってきた。また、動物はちいさな子どもがうっとおしくちかづくとぱっと茂みに身をかくしてしまうものだが、鳥だけはちがった。ぱっと空へ舞い上がった。その逃げ方があざやかなので、何も捕まえることの出来ない子どもにはもっとも鳥が魅力的におもえた。で、誰も鳥をあげないので、何か鳥にわるいところがあるのであろうかと思い、鳥について私は調べた。どうして鳥のことは皆すきじゃないんだろうか。
「役に立つどうぶつ」という特別の欄のなかに、うし、うま、とりのみっつがあげられていた。私はおどろいた。とりが役に立つ、という理由は卵をうむせいということだった。確かに、冷蔵庫をあけるとかならず鳥のたまごがはいっている。私たちはとりに依存している。たまごは何にするの、と母がよく聞いた。めだま焼きの硬いのとやわらかいのとで、私は固いほうがすきだと言ったら従妹がやわらかいもの同士であそぼうといって従妹の姉さんと行ってしまった。
そのあとで大人になって本屋に行き、サガンの「悲しみよこんにちは」を買った。たいへん面白いと思った。とくにバスタオルをまいてヨガをやっていて、アンヌがガチャっと入ってくるあたり。いまじゃアンヌが言いそうな言葉というのを連想できるぐらい、この女性は私に明確なイメージをのこした。これと同時に「ティファニーで朝食を」を買った。私はそれが面白くなかったときと、またそれについてよく理解できるように、本はかならず2冊同時に買う。このふたつを選んだのはたまたまだった。ひとつはカミュの影響で（のはずだったがあの本屋でこれがフランス小説だと思っていたかは疑問だ。やはりたまたまに過ぎない気もする）、もうひとつは有名で表紙がオードリーのイラストだったから。
同時に読むはずがサガンのほうを先に読み終えた。すっかり魅了された。日本のこういう小説だと、主人公が移動することに特に意味がなかったり、ただうだうだと過ごして「こういうのって私たち不道徳者の特権よね」とか言いつつ収入の話しはかかない、みたいな感じがして大変いらいらするだけなのだが、これはアンヌの勝利さえも悲劇の中に描かれていて大変おもしろかった。アンヌの味方も敵もこの悲しみの中で仲良く出来そうだった。
ティファニーのほうはまあまあおもしろい。けどホリーをとりまく楽しみは現代ではもう普通のあたまで想像が出来る気がする。この女性が元祖だったということなのか。あるいは典型なのか。いずれにせよ、ところどころで外国人の出し方が、どうも差別的でありながら適当にはあしらえない、どこか彼らのけったいさと自分の欠点をリンクさせてるような、臆病で皮肉っぽい知識人の影がうろうろしているのが気になる。主人公の性格のわるさはこれ、ただ人間失格のようにいちテーマをもって望んで欲しいぐらいに熟れている。さすが元祖アンファンテリブル。
恐るべき子ども、という意味じゃ、サガンも確かそうだった。18歳で書いた「悲しみよこんにちは」で「ちいさな悪魔」とモーリャックに言われたときに彼女はこう言ったとか。「ああ彼には罪悪感があるのね。私にはないけど。」絶品だと。で彼女は旅行がすきで、自動車事故で九死に一生を得た、というはなしがあった。アンヌの事件とかぶるから、彼女はへんな因果を経験したんだなと思った。アンヌが10月5日に結婚するのよ、というところであっと驚いた。今日は10月5日だ。これは何かまた似たような事が起きそうだと思ってわくわくした。「ホリー、9月30日は僕の誕生日だよ（訳注：作者カポーティの誕生日もまた9月30日）」わっと思った。ついこないだ、それは妹の誕生日だった。これはおもしろい、と思った。また何か「偶然の一致」が起こるんじゃないかと思ってさらにわくわくした。ホリーの名刺の住所は「トラベリング」旅行中、彼女は年中どこかに旅行している。ブラジルへの飛行機に乗ろうとしている。サガンは旅行がすきだ。
フランソワーズ・サガン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』
アメリカに於いて彼女は旅行を好み、トルーマン・カポーティとしばしば旅行し、1957年には自動車事故で重傷を負った。彼女は二度の結婚、ガイ・シェーラーおよびボブ・ウェストホフと結婚しそれぞれと離婚した。
なんでアメリカにきてカポーティと旅行してんの ?