スピン誌 1992年 12月
「大雨のごとくスポットライトを浴びせられるのは1992年にその濁流がメインストリームを変えたせいだ」


現在、僕はシアトルへの旅を楽しんでいる。とある3ピースバンドに会うためである。しばしばバッシングにも遭っている反抗的な態度がかれらの特徴。そしてシアトルと言えば、いまやキリスト教のベツレヘム、ロックの聖地といった場所だろう。乗客の話題はもっぱら、映画のことに集中していた。僕はとなりにすわったきれいなお姉さんの脚線美に集中していた。いかにもエレガントで、コーラルピンクのセーターにパールのネックレス、つんとした高い鼻はただいまエチケット袋の中。機体は乱気流に飲み込まれているのだった。僕は彼女のおびえた様子を見かねて、何かてきとうな話をすることにした。


話してみると彼女は24歳、となりにいる3歳の子の母親だった。シアトルには5年ぶりに父親をたずねるのだそう。ずいぶん熱心なカトリック教徒であるらしく、飛行機が落ちたらこの子の洗礼はどうなるのとか言っている。そうしてこちらの番になり、僕はシアトルにロックバンドのインタビューを取りに行くのだと告げる。彼女はそれってどんなお仕事ですかと、ご丁寧というかまあ興味なさそうに聞き返し、何ていうバンドですかと言うので僕は答えた。

「ニルヴァーナって言うんですよ。」

「ウソオオオオオオオオ!!!!!!」
1児の母は15歳のグルーピーのように絶叫した。
「本当に!?ありえない!!ヤバイ!!!」
そして次の瞬間、僕の目をじっと見詰めていった。
「…あなたが行くはずだったって事は伝わってるんでしょうか。」


シンガーソングライター兼ギタリスト、カートコバーン24歳。ベーシスト、クリスノヴォセリック27歳。ドラマー、デイブクロール23歳。どこからともなく現れたこの三人により、1992年に音楽業界の構造は一変させられた。それまでオルタナと呼ばれた一ジャンルがメインストリームに堂々と現れるようになり、シアトルはシーンのメッカとなった。きしむようなギターの音色、耳ざわりなほどのヴォーカル、自分のいる場所を見つけられない寂しさを歌った歌詞は誰もが共感することができ、また誰もが口ずさむことの出来るメロディーにのせられている。メタルバンドといえるほどハードであり、ポップグループといえるほど親しみやすい。


その歌声と歌詞はカートの個人的な絵なのだが、そこで現われる色彩は世界中で見つけられる。悲しみ、フラストレーション、どこにも帰属できない寂しさ、どうしたらいいのかという焦燥。社会からクズ扱いにされ、友達に依存し、失くしたものを奪い返そうとし、ぽっかり穴があいてるってのはオゾン層だけの現象じゃないといった環境にそだった人間で、ニルヴァーナを想像できない奴がいるだろうか。


1987年、ニルヴァーナはクリスとカートと言う、ウェイトレスの母親と暮らしていた母子家庭の少年たちによってアバディーンで結成された。ドラマーをころころ変えつつ、地元でライブをこなし曲を書きため、大した宣伝もしないままアルバムを1枚つくった。1988年、わずか600ドルと言う予算で3日でつくられたという『ブリーチ』である。各地をツアーで回るうち、方々で人気が出始めた。(大学のラジオやほかのバンドのメンバーからとくに支持された)


その後1990年、ワシントンDCのパンクバンド「スクリーム」のドラマーだったデイブがメンバーに加わる。そしてついにメジャーレーベルのDGCと契約、ネヴァーマインドをレコーティングした後、ソニックユースとヨーロッパをツアーで回り、そしてドカーンとスメルズライクティーンスピリット爆弾を投下する。これが言わずもがな大ヒット、MTVがそのPVを1日として放っておくわけがなく、ラジオをつければどのチャンネルからもニルヴァーナが流れ出るといったことになる。


「ティーンスピリット」は現代の子どもたちに1992年という年を生涯忘れられない年にしたことだろう。10年たった後も、この曲を聴くと青春時代がわっとよみがえるというように。そしてこの曲はただ売れたというだけにとどまらない。その後のメロディーの系譜に確実にその遺伝子を残したし、何よりニルヴァーナ自体を表舞台に引き上げた。あまりにも急な展開だったため、彼らの頭は依然として混乱したままらしい。元の舞台裏でせせら笑っているロックスターに戻るという出番はまだ訪れない。多くのサクセスストーリーの主人公がスポットライトの下をうろうろするのに対し、彼らはつったったままそのライトが動かないのである。


「毎日毎日、歩いているだけで指をさされる。」長髪の頭を左右にふりながらクリスが言う。「最近になってようやく慣れてきたけど。」


「俺には絶対無理だ。」

(後半に続く)

「実のところ、原文は6割ぐらいしか維持してないんだ。たとえば遺伝子なんて単語は原文にないし、穴が空いてたっていうも単にオゾンホールの話だからね(笑)原文の翻訳というより「インスパイアされたのが原文です」ぐらいな感覚かな。でも好きでやってることだし、こっちとしては別によくあることだろって気にしちゃいないよ。」


なんかベック調にあやまっておきます。