ロサンゼルスタイムズ 1992921


「娘が大きくなったとき、学校でいじめられないか心配だ。『お前の両親はジャンキーだった』なんて言われたら可哀相だから。」


若者から絶賛され、絶大な成功を収めているロックバンド「ニルヴァーナ」。フロントマンのカートコバーンは、ハリウッドヒルズのアパートの一室を自宅にしている。25歳という青年の腕は、コートニーラブとの間に生まれた娘、フランシスビーンをしっかりと抱いている。およそ1年ぶりになるインタビューで、その口を開くまでには時間を要した。いかにも繊細な神経を持ったこの青年は、生まれたばかりの娘の話をするのが好きだ。しかし、彼に関するある話題に触れたとたんに口をつぐんでしまう。

この数年間で、じつに数多くのバンドが誕生した。その中でもニルヴァーナは、とくに注目を集めてきた。彼らについては多くの特集記事が組まれたが、幾つかはその話題について書き立てていた。フロントマンのヘロイン中毒疑惑だった。


当のカート自身、ドラッグを使用したと認めている。それにはヘロインも含まれる。しかしロック雑誌が騒いだほどじゃないと当人は主張する。そしてきっぱりと、「ドラッグからは足を洗った」と宣言する。


「子どもを抱くってほど、いいものはないね。」

父親の表情で彼は言う。

「俺はもともと、子ども好きな方なんだ。YMCAのコーチをやった時は、未就学児童の子を30人ぐらい教えてたよ。」


「もしも自分に子どもが出来たら、感無量だろうなと思ってた。そうしてそれは実感したよ。この子が生まれてから、自分の精神状態がどれだけ変わったか分からない。どんなドラッグよりも、自分の子どもを抱いているほうが救われる。」


しかし彼には絶えずつきまとわれている不安がある。ヘロイン中毒疑惑に飲み込まれ、自分もかつてのロックスターのように身を滅ぼしてしまうのではないか。彼の作る音楽は若者の怒りや疎外感を代弁したと言われているが、若者の最悪のモデルケースにはなりたくない。


そして彼自身、いくら言葉を尽くしたところで、そうした疑惑を完全に払拭できるわけではないと分かっている。しかしあえて口を開くのには、何かしらの義務感も背景にあるようだ。それまでの彼の発言を疑う声には

「まちがって報道されたことを自分で訂正したかった」

と答える。

「自分に残された道はそれだけだった。」

と。

「俺たちには若者のファンがたくさんいる。そいつらにドラッグをすすめるキャンペーンに関わる気はまったくない。大体ドラッグをすすめるなんて連中、××××だ。確かに俺は、自分でドラッグを使うことを選択した。けど、使って良かったことなんてまったくないよ。ドラッグは時間の浪費でしかない。」


先日TVでMTVアワードの授賞式のもようが放送された。そこでニルヴァーナは最優秀新人賞を受賞した。カメラを向けられたカートは、視聴者に向かってこのようなコメントを残した。


「信じられない気持ちでいっぱいです。雑誌に書かれたことを見ると。」

事情を知らない多くの視聴者は面食らったに違いないが、ニルヴァーナのファンには何のことかすぐにわかった。モンスターアルバム『ネヴァーマインド』を買い、『スメルズライクティーンスピリット』という呪文にかかった何百万のファンには思い当たる事があった。彼はおそらく報道されているヘロイン中毒のことを言っているのだと。


隣の部屋では、MTVアワードのビデオが流れている。コートニーラブが見ているのだ。そのMTVアワードで謎のコメントを残したロックスターは、自宅でTシャツにジーンズといった格好で座っている。自身が残したコメントの真意について、ようやく自らの口で語りだした。


「ずっと自分を責めてたんだ…どうして俺はジャンキーなんだって。ネヴァーマインドの前くらいから、ここ何年間はずっとそう考えてた。」


話題がドラッグのことに及ぶと、その表情が曇った。

「ヴァイブスに関してだけど、やらなきゃいけないことが溜まっててさ…それはいつもツアー中に片付けてたようなことだったけど。でもバックステージにはインタビュアーが来るしで…」

「ひどい腹痛がくるんだ。ここ何年も、どうしても。ツアーを続けるのも苦しいよ。痛いのをこらえて、部屋のすみっこに行って一人でうずくまってるだろ。顔色なんか真っ青で、死んでるみたいだと思う。でも傍から見れば、またドラッグの中毒症状で苦しんでると思われてるんだろうな。」


彼曰く原因不明の腹痛は、ツアー中の暴飲暴食によってさらに悪化した。今年行ったライブ本数が極端に少ないのも、彼の説明によるとこの腹痛が原因らしい。また噂されているヘロイン使用については「手を出した」と説明する。その表現が正しければ、彼のヘロイン使用は年に1回か2回程度だったということか。


「最初、ヘロイン中毒じゃないかって言われ出した頃は、何とも思ってなかった。俺がいままでリスペクトしてきたアーティストには、キースリチャーズだとか、ヘロインと因縁のふかい人も多かったしね。別によくあることだろって。」


しかし昨年の秋以降、ヘロイン使用は「手を出す」程度では済まなくなった。「ネヴァーマインド」がリリースされてから、彼らをとりまく状況は全くいっぺんしてしまったのだ。