今日は、父の事を書いていきます。
かなり、長くなります。
私の父は、10年以上前から数々の病気をし、
その数は年数と同じくらいです
自宅から1時間以上かかる相互病院が、かかりつけになっていて
検査日、受信日には、兄、姉、私の誰かが付き添っていました。
それぞれの病気の担当医が違うので、回数も半端ないほど
一人暮らしなので、生活面でのサポート、買い物やお風呂の介助等も
姉と私でなんとかしていました。
2年前に福祉関係にお世話になる事が出来て
ヘルパーさん、デイサービスの利用で
私達も少し楽になりましたが100%ではなくて
何かあれば、仕事中でも電話がかかって来て、対応するという日々でした
病院、福祉関係は平日昼間しか対応してもらえないので
当然、仕事を休むか、早退
3人で交代しながらの対応です
兄は有給をまるごと父に使っています。
私達(兄、姉、私〕3人が平穏で過ごせるのは
父が入院している時だけ‥‥
それでも、家族説明とかで呼ばれますが‥‥
そんな父、2月にインフルエンザで入院
そこから肺炎、衰弱、排尿困難、歩行困難になり
入院していた病院からリハビリの病気へ転院
そして、一昨日退院して自宅に戻りました。
尿管に管を通して、 パックを持ち歩く
2、3歩やっと歩ける
そんな状態でも、リハビリ病院では退院許可が降りてると言うのです
「後は家族さんが協力して下さい」
何度も言われるこの言葉は、私達には拷問に近い言葉
父に対する私達の気持ちは複雑です
10年間、違う人と暮らしていた父
家にはお金が無くて、兄は中学生の頃に新聞配達のアルバイトをし家計を助けて
学力優秀だったのに、大学に行けず
高専を自分のアルバイト代で卒業してきました。
姉は数々の暴言に耐えて来て、私も何度も「お前は要らん子やったのに、生まれてきた」と言われ続けてきました。
兄はおバカな妹達の塾代も出してくれて
私の高校の学費は、兄が全額出してくれて卒業させてくれました。
私達3人がそれぞれ社会人になると、父は私達から借金するようになり
もちろん、全て返してもらっていません。
今の父の年金は、母が細々と貯めて支払っているもので、キリギリスのような人
私達は、父にいろんな思いを持ちながら関わって来ました。
どんな過去があっても親は親なんだからと
でも、今回のリハビリ病院からの退院は
ほんとに辛いって思っていました。
「家族さん」って呼ばれる度に本当に辛くて
一昨日の退院は姉が対応してくれました。
退院後も夕飯の支度をして、食べさせてから帰り
昨日も朝早くに行って、朝食を食べさせて‥‥
これからヘルパーさんと協力しつつ、私達も関わって行かないといけないんだなぁって思っていました。
気分はズンズン沈んで行って‥‥
でも、きっと上手くいく‼︎きっと上手くいくと気持ちを切り替えて、深呼吸して気分を持ち直して
そしたら、事態が急変したのです。
昨日、父が救急車で搬送されました。
自宅で転倒して動けない状態で発見されました。
私は会社を抜け出して搬送先の病院へ
兄は出張先から引き返して
GW前で、さらに月末で、ほんとに忙しい中で
私達は「もう、いい加減にしてほしい」と思いました。
搬送先の病院では転倒による打撲と診断され、入院が出来ず、痛みが取れるまで入院させてもらえる病院を探す事に
受け入れ病院を探すのに、何時間もかかりました。
そして、なんとか受け入れてもらえる病院があり
そこで改めて検査をしてもらったら、恥骨が癌になっている可能性があるとの所見
歩行困難はそこからかもしれないと
「完治するまで、入院して頂きます」と言われました。
神様が、私達の手を煩わせないようにして下さったとしか思えない!!
尿管パックの排尿処理をしないといけないと思っていました。
下剤を服用している父のオシメを取り替えないといけないって思っていました。
退院して翌日違う病院へ搬送されるなんて、夢にも思っていなかった。
連休も安心して休めます!
ほんとに、奇跡です!!
神様が、ちゃんと見ていて下さっているんですね
ありがたい‥‥
だったら私も神様の気持ちに応えて、父との関わりを、少しでも穏やかに過ごせるようにして行きたいです
長々と書きましたが、読んで下さってありがとうございました。