先回からの続きです。
私自体、自分の気持ちと、意識を混同させてしまっていたと書きました
気持ちと意識ってよく考えると、ハッキリ違いますよね。
(意識というより、意志と言った方が良いのかもしれません)
気持ちはもう、自分の気持ちです。自分の感情そのもの
好きだなあ、いいなあ、やってみたい、なってみたい
嫌だなあ、ああはなりたくない、そんなことやりたくない
等々、自分が物事を判断する基準ですよね。
気持ちがあるから、行動する。気持ちが行動のきっかけにもなるわけです。
そう考えると、今の自分自身をつくりあげてきたのは
自分の気持ちと言っても、過言ではないかなと
意識は、どちらかというと、感情とはちょっと違います
無意識って言葉もあるくらいだから、
あまり感情的なものは加わらない
先回、こういうことで失敗したので、
今回はそうならないように、意識して行動してみましたって、
自分自身が行動するうえでの、
ちょっとした指針みたいなものと考えることが出来ます。
自分の意思に近いかもしれません。
気持ちほどには、感情的にはならないわけです
ちょっと、機械的で、そこには、少し義務感も感じます
お前、今更何を言ってるんだって感じになりますけど
もともとは、自分のこうしたい!っていう感情があるから、
じゃあ、行動しよう!となるわけで
潜在意識の、ある、なしに関係なく
私たちの普通の行動自体が、
気持ちから始まっているように思います。
じゃあ、ほんとに、そのことをうまくいかせたいと思った際
自分には出来る!って気持ちと、意識がぴったり一致した際
心の奥底の潜在意識が動いていくのだろうと。
そして、潜在意識に一度、カチッと入ってしまったことは
ちょっと、怖い言い方ですけど、多分、止めることが出来ないんですね。
潜在意識には、感情はありませんと言われるくらいだから
もう、機械的にサクサクと、自分が思った方向に向かっていくと思うんですけど。
でも、多分、潜在意識にカチッとすぐに入りやすいものと、入りにくいものって
決まっていて、
それは自分が、本当にやりたいか、どうか?
自分の気持ちにかかっているような気がします。
ああなりたいなあって気持ちがあるから、
願い、行動にも移るわけなんですけど
その願いは本当に自分の願いなのか?って
もしかして、気持ちよりも、自分の意識(意志)だけで
行動しているようなら、潜在意識は動かない
頑張ろう、やろう!とする動機って、人それぞれとは思います。
ただ、その、頑張ろう!やろう!という気持ちが
本当の自分自身のものなのか?ってことを
ちょっと、考えた方がよいのかな?と
まわりがそうだからとか
そうしないといけないから、とか、そうしないと認められないからみたいな
ちょっと、自分にとっての義務に感じてしまうことであれば
その義務自体、自分のやりたいことかどうか?
心から、やりたいと思っていることかどうか?
行動しながらでも、ちょっと考えてみた方がいいかもしれません。
(このことは、完全に自分自身に向けての言葉です)
本当にやりたい!と思っている?
そのことをやり遂げたい?って心から思っている?
本当はやりたくないって思ってしまっているんじゃない?って
ちょっと、くどくなってしまいましたが、
多分、自分が本当にやりたいことと、やりたくないことって
潜在意識も見抜いているんだと思います。
だから、気持ちがやりたくないと思いつつ、自分の意識は、やろう!とさせていると
ちょっと、ひずみが生じてしまうのかな?と
潜在意識というよりは、自分自身の意思の力で、物事をやろうとするから
ちょっと、苦しくなるのかな?と
自分の気持ちって、いくらでも、ごまかすことが出来るので
自分の気持ちに、何よりも、正直であることが、大切だと思ったのです。
自分自身に無理に思いこませて、やろうとしていることは、
中々現実になりにくいのかもしれません。
もしかしたら、願いを叶える為には、
意識よりも、自分の気持ちの方が、本当は大切なのかも、と思った次第です。
意志の力を強くして、とはよく言われることですが
意志の力の前に、まず自分の気持ちがあるのだと思います。