ほんとうに久しぶりにブログを書いた。
はっきりいって、ネット上でのつながりとか、
某SNSとか理解できなかった。
以前、友人のMY○○という画面を見てしまい、
正直気持ち悪いと思った。
どんだけつながっとんねん!!と。
だって現実に会っているひとに対応するだけでも
いっぱいじゃない。
てわたしは思うから。
わたしのブログは自分の意見を書く場所。
誰に見られても。
見られないようにすることにできるみたいだけど、
わたしは機械にそんなに詳しくない。
三年前からアメブロをやっていて、
そのあいだにいろいろできるようになったからなー
だからこれを見て、不快になった方がいたらごめんなさい。
これはひとりごとです。
わたしには日常の関係だけで精一杯やった。
人には自分でどうにでもできることと、
できないことがある。
今回、ほんとうに、自然の摂理が
わたしにふりかかった。
ひとにはいつか終わりがくることは知っていたけれど、
今回『実感』いたしました。
わたしはなにごとも俯瞰してしまうようで、
感情的になりたいんだけれども、
真っ先に感情的になった人がいたならば、
もう無理なんです。
ほんとうに、バッカみたい。
というか、この歳までなかったのが不思議なことで、
一方、いつきてもおかしくないことにおびえていたのです。
じわじわと、じいちゃんがなくなった気配を感じている。
なくなりたては、泣いているひとたちをなんとかしようと
していた。
だって、目の前で今まで涙を見せなかった人が
泣いている。
表情はいつもどおりにしようとしているけれども。
そしたら。わたしはできるだけいつもどおりにしようと
するんだ。
そのひとたちがひとりになったときを思って、
そのときはなるべく、気がまぎれるように
そしてしばらくたったいま、
じわじわと、実感がわたしにあらわれている。
わたしは、
じいちゃんをなくした。
このひとがいなければ、
わたしはいなかった。
そんなあたりまえのことを
そして家族は、わたしを想ってくれている。
こんなにたくさんの想いをもらっているわたしが、
自分を大事にできないでどうするんだろう。
こんなに愛情をもらっても、わたしがだらしなければ
どうしようもない。
そんなことを思った。
わたしは、両親にもらったこの体とこころを、
だいじにしていこう