柳葉敏郎さんが演じる室井慎次の映画が気になっています。
踊る大走査線で警視庁官僚役を演じた柳葉さん。
20年近くに渡り、スーツを着る役柄・反社会的な役柄での出演オファーを断ってきたそうです。
そんな情熱を傾けた役柄を演じる傍ら、室井慎次を演じていないときには「(室井慎次とは違う)素の自分」を必死に探していたとのこと。
経営者として、様々なステークホルダーの期待に応えようと無私になればなるほど、「自分とはいったい何か(=どういう自分だからこそ、今この役割を任せられているのか)」が分からなくなることがあります。
つまり、役者ではないけれど、経営者は期待される誰かを演じているわけです。
かといって、ビジネスシーンで利己を目的に、エゴに邁進することは違うと思いますし、それを実践したければプライベートに実践すれば良いと考えています。
ただ、それだけでも問題でして、自らのアイデンティティ/キャリアと事業目的を重ね合わせ、本質的なコミットメントを示すことも期待されるため、一定程度のエゴも必要なことは理解しています。
では
(経営者に求められる)無私とエゴのちょうど良いバランスは?
「無私:7、エゴ:3」くらいかな、というのが私の感覚です。
よく「経営者は判断の根拠が6-7割の段階で意思決定する必要がある」という文脈があるとおり、
合理的に、ある程度の制約の中で実践できる"無私"は7割くらい。
あとの3割くらいにエゴがある方が人間的で、不完全で、"無私"とは反対の作用として作為がない状態。
だからこそ、コミットを周囲に伝えることができる。
そう考えると、結構我慢が必要(7割は素の自分ではない状態なので)な職務なのだなぁと思います。