でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -24ページ目

でぶるまんCATVに出始める

僕が在籍してた頃のCATVって、
全国的にもまだまだ黎明期で、
どこも手さぐりするよ~に
"ニューメディア"の在り方を
暗中模索してましてん。

僕が勤めてたCATVでもついに、
「正式開局~自主放送開始」
…とゆ~大転換の時を迎えた。

当時の僕はまだ一番下っ端の
たいした技能も経験もない
ほんとぺ~ぺ~野郎でしてん。

ある夜、社内会議が始まった。
全社員7人で話し合ったのは、
「自主放送で誰が喋るのか?」
…などとゆ~オソロシイ議題。

全社員がフツ~の製作マンで、
喋る技能があるハズないけど、
アナウンサーは雇えないから
スタートは社内で!…となる。

…なもん、結論出るワケなく、
数時間がうねうねと経過。

「お~い、お茶入れて~」

「はい」

もちろん、僕がお茶くみ担当。

お茶を持って、会議に戻ると、
社長以下、全ての上司・先輩が
ニマニマしていらっしゃる。

「あ~らま( ̄- ̄;)」

「ま、1年間だけ頑張ってくれ」

「(T_T)…」


僕が20歳にして、人生で初めて
TVカメラの前で喋ってのは、
自主放送開始の翌日。

「今日から生放送やろうぜ!」

…と、いきなり放送が決まった
ニュース番組でしてん。

ワケわからんままに取材して、
編集して、簡単な原稿書いて、
タイトルバックを編集して、
テロップを作って…

もともとがTV製作会社やから、
全員がそ~ゆ~プロやったから
準備は実に鮮やかに完了。

「いやあの、僕は何を(^_^;)?」

そこだけは誰も考えてくれへん。


どたばたあたふた状態の中で
オンエア時間だけが迫る迫る。

「あの…僕は…どんな喋りを」

「ノリでいけ(^o^) 楽しもう」

楽しめんっちゅ~ねん( ̄. ̄;)


無情にも、何も決まらないまま
ついにオンエアが始まった。

もはや"真面目にキチンと喋る"
なんてことは不可能…

僕は…思いっ切り開き直った。

「や~皆サマ、どもどもども!
 今、日から何の前触れもなく、
 ノリと勢いだけで始めました
 ワイドニュースの時間です!」

一気に無意識でそこまで喋って、
僕はいよいよ覚悟を決めた。

「僕は、なんて言うんですか、
 プロのアナウンサーじゃない
 ただの新米製作マンです。
 でもまあ、あれこれ頑張って
 わいわい楽しくやりますんで
 皆サマよろしくお願いします」


そこから『喋るお仕事』とゆ~
人生の中でも奇異な日々が
始まったのでございます。

『素人なら素人らしく、
 元気に楽しくわいわいやれば
 どこかで許してくれるだろう』

僕が「せめて…」と期待してた

"真面目で静かなキャスター"。

それとは遠く離れた喋る仕事は、

「1年間だけ」って約束やったけど、

その後、


6年続いた。