でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -146ページ目

坂高野球部と放送部の愛の綱引き

30年前、僕も生徒やった香川県立坂出高校学校にも

野球部があります。

正直なとこ、おとなりの坂出商業高校さんのよ~に

甲子園に何度も出場して…って強さじゃないけど、

地方大会で『お!』っと驚く番狂わせを起こしたり、

なかなか侮れない伝統のあるチームなのです。


侮れんけど、侮れんだけで上には行けへん( ̄_ ̄;)




さて高校2年の終わり、僕が翌年度の放送部の部長に

選ばれた頃のオハナシ―――――




ちょっとビックリやったんやけど、校長が急死され、

着任された新しい校長もまた、突然に亡くなられた。


「やーな感じやなこれは…( ̄. ̄;)」


続いて転任されたのが、全国でも有名な野球の強豪、

高松の県立某高校の校長先生でしてん。



放送部の面々は色めきだった( ̄o ̄)



当時の放送部は、生徒会活動の一部みたいな扱いで、

本来の拠点であるはずの『放送室』は自由に使えず、

正式な部室は運動部が入ったプレハブの一画とゆー、

なんとも侘しい泡沫部でしたのね。


当然、学校から支給される年部費も微々たるもので、

オーディオ6mmテープのリールすらまともに買えん。


『どないして活動したらえ~ねん( ̄_ ̄)』


…といつもぴーぴー言ってる貧乏ぶりやった。



もちろん、全国の高校の部活動で普及し始めてた

ビデオを使った作品製作なんて夢のまた夢…(T_T)



そーゆー時に、新しい校長先生がやってきたわけ。



「野球の記録とか理由つけて、予算貰えるかも(^^)」



その頃、試合の様子を現場で収録(音声)するのが

けっこー流行ってまして、

SONYのカセットデンスケ(録音機)を肩に背負って

マイクを手に…とゆー姿に憧れてたのよね~。



学校から回ってきた部活動に関するアンケートにも

【そんな機械すら無く学校として恰好が付かない】

…と、赤字でででん!と書いて提出した。



他の部の連中からは、それはそれは羨ましそうに

『放送部が一番ラッキーな場所にいるんとちゃう?』

…なんて言われてて、僕らの期待も高まる一方。


実際、野球部からも『ビデオで記録取れん?』とか

訊かれてたし、そーなれば欲しくて仕方がなかった

ビデオ撮影機材すら現実味を帯びてくる。


「わは(^o^)わはわはわはわはわはわはわはわは」




そんなある日の放課後、放送部の部長をしてた僕は、

校長室に呼び出されましたの。


「これは確実に機材増強やな。ビデオもあるかも!」


校長室のソファに笑顔を必死で我慢して座った僕に、

校長は明るい笑顔でこ~切り出してきた。


「放送部は、機材面でかなり苦労してるみたいやね」

「はい。カセットテープ買うのもままなりません」

「ふうん、そこまでですか~…」


…なかなかいい方向に話が向かってますがなv(^_^)v


「さて、本題なんだけど、話は野球部のことです」

「はあ。野球部と放送部が、どうかしましたか?」

「ここの野球部は、やはりどうしてもレベルが低い」

「ふんふん、そうですね」

「そこで、全校挙げて応援する体制を作りたい…と」

「えーえー、それは大事なことだと思います」

「そこで、放送部にもぜひ協力して欲しいんです」

「はいはい、それは生徒の当然の務めでしょう!」


も~完璧に予算アップですがな嬉しいですがな(^^)

そう浮かれだした僕に、校長はこー言った。



「来年の放送部の活動に関わる要望なんやけど…」

「はいはい、何でしょう何でしょう(^o^)」

「部費、半分になります」

「はいはい、半分ですね。…え( ̄_ ̄)??」


予想外の展開に、も~ほとんどワケ分かりまへん。


「( ̄_ ̄)し~~~~ん」


校長室のソファに座って虚無化してしまった僕に、

校長先生はそれはそれは嬉しそ~に言いましてん。


「野球部にね、ピッチングマシン買うことにしたの」