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 10月2日は、私にとって忘れられない一日となりました。息子の大学軟式野球部の最終戦、いわゆる引退試合が行われたのです。大学の軟式野球部は3回生で引退するのが慣例で、息子にとってはこれが最後の試合でした。

 

 息子は、小学校低学年から野球を始めましたが、中学校時代は軟式野球部の同級生10人中10番目の補欠でした。試合に出られない息子の姿を遠くから眺めるのは、私自身も胸が痛む思いになるほどでした。しかし、その不器用さにもめげず、野球への情熱だけは失いませんでした。高校時代は野球部に所属していませんでしたが、大学では体育会系の軟式野球部に入部しました。

 

 周囲は高校時代から野球に打ち込んできた経験者が多く、野手としては全く通用せず、投手としてチームに加わることになりました。公式戦での出番はかなり少なく、ベンチから声を張り上げて仲間を応援したり、グラウンド整備など裏方の仕事をこなすことがほとんどでした。時折、大差で負けている試合の終盤に登板の機会をもらうものの、打ち込まれて途中降板することが続きました。

 

 それでも彼は腐ることなく、とにかく野球が大好きで、野球連盟の役員としても任務を果たしていました。その業務は、試合前のグラウンドで選手の確認をしたり、試合中はミスが許されないインターネットの「一球速報」で状況を瞬時に打ち続けるという、責任重大な役割でした。

 

 中学校の同級生で、大学まで野球を続け、名門大学のユニホームを着られるのはごくわずかです。不器用ながら、素直に努力を続けてそのユニホームに袖を通した息子を見ていると、よく涙が出てきました。その成長に心から感謝しています。

 

 そんな息子に、最後の引退試合で思いがけないチャンスをいただけました。3回生主体で編成されたチームの先発マウンドを任されたのです。私は試合前に、「1球ごとに神に祈る心境で、心を落ち着けて投げてみなさい。きっといい結果につながるよ」とメールを送りました。インターネットの速報で試合を追うと、ピンチの連続ではありましたが、神掛かり的なのか、チームメートの守備にも助けられ、踏ん張って後続を抑え、何とか2回1失点でマウンドを降りました。その後はライトの守備につき、さらに初めて打席にも立つことができました。結果は空振り三振でした。しかし、本人にとっては大きな達成感があったようで、満足しているとメールがありました。

 

 さらに同じ日、阪神タイガースもシーズン最終戦を迎え、佐藤輝明選手が甲子園で40号ホームランと100打点を達成。村上投手は最多勝を獲得しました。そして、原口文仁選手の引退セレモニーまであり、こちらも胸を打たれる瞬間でした。
  

 昔、私が大好きだった福岡ダイエーホークス、近鉄バファローズで活躍された苦労人、不屈の精神の山本和範選手のことを思い出しました。山本選手の動画はいつ見ても感動します。1996年、地元福岡ドームでのオールスターでの代打で3ランホームラン。MVP獲得。涙のインダビュー。1999年の最終打席でダイエー篠原選手から打ったホームラン。どれも感動的です。

 

 

 

 

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