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 吉川英治著「三国志(七)」を読みました。

 

 裏表紙のあらすじをみて「関羽は(中略)鬼籍に入る。」という強烈なネタバレを食らってスタートしました。魏が、関羽の治める荊州を攻め、于禁と龐徳が兵を率いて敬意週に向かいます。龐徳って知らなかったのですが、荊州を攻めるにあたって于禁だけでは心もとないと思う曹操が、「龐徳がいるなら」と安心して送り出したことから実力を知ることができます。そして龐徳は関羽と一騎打ちで互角に渡り合います。これはもうネタバレの伏線としか思えませんでしたが、最終的に于禁と龐徳は関羽側に生け捕られ、于禁は命乞いをして解放されました。龐徳は、関羽の配下に着くよう要望されますが、それを断り斬首されました。

 

 関羽は龐統との戦いで、毒矢を食らい、その傷が良くなりません。それを華陀という名医が診て手術が必要とのこと。患部を切開し、毒が浸透した骨を削り取るという手術を、関羽は囲碁を打ちながら平気な顔で受けたとありました。凄まじいエピソードです。華陀は術後の経過を診て、関羽に「怒らないこと」と予後の養生をアドバイスします。毒矢に当たって、予後に怒って無くなってしまった周瑜を思い起こして、こちらも伏線のように思えてしまいました。

 

 しかし関羽は回復し、逆に魏を攻めます。しかし、魏を攻めている間に背後から呉が攻め入ってくる可能性もあるため、そうした情報がすぐに伝わるように狼煙台を配備します。しかし、この狼煙台の担当者が次々に呉に買収され、情報が寸断された状態で、関羽は呉に攻められ、生け捕られてしまいます。孫権は、関羽を惜しみ何とか自分の配下につけようと

説きますが、関羽は逆に孫権に説教します。結局、関羽は呉で斬首されてしまいました。関羽の死は痛いです。読んだ当日は関羽ロスに陥りました。

 

 続いて、曹操が病に侵され、ここでも華陀が登場します。名医という噂が伝わり、華佗は遠方から呼び寄せられました。華佗の見立ては脳腫瘍のようで、手術をすれば十中八九はよくなるとのことですが、曹操は残りの一に当たって亡くなった場合はどうするのかと問います。華佗は、その時は天命と思ってあきらめてくださいといいますが、その上、関羽の肘を手術した話を例に出します。すると、曹操は肘と脳の手術を一緒にするなと怒り、さらに関羽と親しいから仇を取りに来たのだろうと、華佗を殺してしまいました。自分が呼んだのに、、、。結局、曹操はこの病のため亡くなってしまいました。後を継ぐのは長男の曹丕です。

 

 長くなりましたので続きます。