野村孝博のブログ

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 続きです。

 

「十三絃の古琴」

 「古琴」だけで「こきん」と読み、中国の古い伝統楽器のこと。「十三絃」は琴の絃が13本あるということだと思いますが、「古琴」は基本七絃のようです。日本の「箏」は十三絃だということですので、あえて「十三絃の古琴」としたところにも、著者の意図がありそうに感じられます。

 

「芟除」

 「さんじょ」あるいは「せんじょ」と読み、刈り除くこと。良くないものを取り除くこと。

 

「瓊瓊杵尊」

 「ににぎのみこと」と読み、日本神話の神様。地神五代の三代目、日向三代の初代であり、神武天皇の曽祖父だそうですがなんのことやらです。「地神五代」は「ちじんごだい」と読み、天照大神、天忍穂耳尊、瓊瓊杵尊、火折尊、鸕鶿草葺不合尊の五柱の神々及びそれらの神々の時代のことを指すのだそうです。「日向三代」は「ひむかさんだい」と読み、先述した五柱の後ろの三柱・瓊瓊杵尊・火折尊・鸕鶿草葺不合尊の神々の時代を指す用語だそうです。この辺りは別途、「古事記」、「日本書紀」で勉強します。

 

「橇」

 「そり」と読み、泥の上、また雪や氷の上を行くのに用いる道具。また、「かんじき」と読み、ぬかるんでいるところを歩くために履物の下に着用する道具。前後関係が分からないので、どちらの意味かちょっと分かりません。

 

「縺れた」

 「もつれた」と読み、線状のものがからまりあって解けなくなる。足、舌などが思うように動かず、言語・動作に支障をきたす。事柄が入り組んで決着のつかない状態になる。

 

「慫慂」

 「しょうよう」と読み、他の人が勧めてそうするように仕向けること。どこかで見た記憶があるなと思ったら、8年前に読んだ森田忠明著「まづ一献―荻窪酔夢談―」に出ており、その時も読めなかったので、書き記したのでした。ちゃんと覚えてないことを反省するとともに、8年に1度くらいしか遭遇しない字は、覚えなくても支障はないかなとも思いました。

 

「痛痒」

 「つうよう」と読み、文字通り「痛みと痒み」から、派生し、精神的・肉体的苦痛や物質的な損害、物事の進行に具合の悪い事情のこと。

 

「愁眉」

 「しゅうび」と読み、心配のためにしかめるまゆ。心配そうな顔つき。

 

「萼」

 「うてな」と振り仮名がありましたが、「はなぶさ」とも読むようです。花において最も外側にあり、その内側の花冠とは明らかに色・大きさなどが異なる葉的な要素のこと。

 

 続きます。