明日、照らすと私。 | ノムラセントラルステーションの

明日、照らすと私。

昔の私のテキストサイト、「nomoon's room」を見返している。ちょうどレッサーホースを始めたくらいから始めているので、古い記事で11年前のものもある。自分の中で噂のtwo fourを初めて見たライブは、2003年の6月のことであった。


そんな日記を見ているとどうやら2004年の10月にスパルタンXというバンドと対バンしているようである。



しかも俺はその日、自分のライブがよくなかったらしく、スパルタンXのライブを見ていないようなのである。

なんと失礼なやつだ。

しかしながら、昔のスパルタンXは青春パンク崩れのイメージ。私のツボとは少なからずズレがあった。


そんなスパルタンXのことが気になりだしたのはいつかのサンセットストリップでのライブの時。

後期ハスキングビーのような雰囲気を出し始めたボーカルのことを「なかなかいい曲作るなあ」と思い始めた。

今思えば、その曲は「浮雲」だったと思う。


そして彼らは改名をした。

「明日、照らす」


最初に聞いた時の率直な感想を言おう。


「変な名前」


某ライブハウスのブッキング、本多さんとも「なんであんな名前にしたんだろ?」

と話していたこともある。


しかし、現実的な話として、明日、照らすはどんどん自分のツボをついてきた。


決定的だったのは、友哉が姉の結婚式のために作ったという新曲を歌ったときである。

しかも、その曲を作ったにも関わらず、姉からのオファーはなかったという。

その曲名が「マリッジブルー」だったことは言うまでもない。


マリッジブルー以降の明日、照らすは本当に好きだ。


私のイベント「ノムラエクスプロージョン」に一番最初に声をかけたのも明日、照らすである。

ついでに言うと、ノムラエクスプロージョンに2回出たバンドは、明日、照らすとモーモールルギャバンだけである。


自分が結婚を意識しだしたときに聞いた「マリッジブルー」で不覚にも大泣きしたのは内緒。



友哉にはよく言っている。

「明日、照らすは金を払っても見に行きたいバンドの一つだ。」と。

それに対し友哉はよく言う。

「のむーんさん、その発言、めっちゃうれしかったんですけど、気づいたらいろんなバンドに所にいるじゃないですか!みんなに言ってるんじゃないですか?」と。


友哉よ、この際だから言っておく。

「お前にしか言っていない!」と。


俺が結婚するとき、絶対に友哉に歌ってほしかった。だから今回、呼んだ。

私自身、ひどいマリッジブルーに陥っていたので、当日もライブで聞きたいんだ。


友哉はいつも過剰なほど俺をたててくれる、いい後輩である。

伴はあまり前に出てこないが、彼とは実は接点が多い。

彼の勤務地が我が地元だったり、一番記憶に残っているのが、1回目のノムラエクスプロージョンのオファーの時、私は虫歯が悪化していてひどく苦しんでいたのだが、ロックンロールの前で伴に「たぶんそれは神経やられていますよ。俺も神経取りましたもん。歯の痛みは本当に最悪ですよね。気持ち分かりますよ。。」と言われたことだ。事実、その3日後に歯医者にて神経を削り取った。


そんな明日、照らすはアポロステージのトリを務めてもらう。

友哉、頼むぜ。


では。