ブラボー! 大坂なおみ
世界のテニス競技人口は1億1000万人。その中で世界一になるのは、宝くじの一等の当選確率より小さいといわれています。
その厳しさを乗り越えて、日本の大坂なおみ選手がテニスの4大大会の一つ、全米オープンで米国のセリーナ・ウィリアムズ選手を破って初優勝を飾りました。
私はテニスをやったことがありません。が、若い頃、今上陛下と美智子皇后さまが軽井沢でテニスをされる姿をテレビで見て、ずいぶん身近なものになりました。また最近は、メジャーな大会をよく見るようになりました。錦織圭選手の活躍が大きいと思います。
大坂選手は母親が日本人で、父親はハイチ人といいます。スマートでたくましい身体や肌の色は父親譲り、心根や礼儀正しい行動は母親譲りでは、と私には見えるのですが、いやそれ以上に両親の愛情がなおみさんという人間に大きな影響を与えていると思いました。
競技のあと相手に対していつも会釈をして試合を終える態度は、見るものにさわやかな感動を与えます。冷静な振る舞いは、日本人のこころでもある「武士道」や「わび茶」といったものに通じ、私のこころにも響いてくるものがありました。
しかし、競技中にセリーナ選手の審判に対する不満が爆発。そのため、試合が終わったあとも観客のブーイングが続き、競技そのものが“壊れてしまう”という場面がありました。長年積み上げてきた「セリーナの栄光」が音を立てて崩れて行ったのです。残念としか言いようのない光景でした。
スポーツは勝つことに意義があるのではありません。「成熟した人類」がその闘争心をどこまでコントロールできるか、いやコントロールしなければならないかを、競技を通じて示しあう“試金石”なのです。観客と競技者が互いに確認しあうセレモニーでもあるのです。
セリーナ選手のこれまでの獲得賞金は100億円近くになるとか。「ハングリー精神が選手を鍛える」という考えがあります。その一方で、「スポンサーのあり方はこれでいいのだろうか」と私は疑問に感じるのです。セリーナ選手の心をゆがめている面はないだろうか。そのカネはいったいどのように使われているのか。スポーツ選手とはとても思えないようなあの太った体つきを見て、私は余計なことを考えてしまうのでした。
試合は終わりました。そして最後の表彰式では、大坂なおみ選手とセリーナ選手が互いに涙を流しながら、相手をたたえる言葉を交わしたのです。それはそれで、すばらしい瞬間でした。
備忘録として、「世紀の瞬間」を報じた記事を引用します。
(朝日新聞夕刊1面、2018年9月10日、東京本社版)
………………………………………………………………………………
大坂、日本勢初V
テニスの4大大会 全米オープン、セリーナ破る
テニスの4大大会、全米オープン第13日は8日(日本時間9日)、ニューヨークで女子シングルス決勝が行われ、大坂なおみ(20)=日清食品=が、4大大会シングルスで23度の優勝を誇るセリーナ・ウィリアムズ(36)=米国=に6―2、6―4で快勝し、初優勝を果たした。4大大会のシングルスを日本勢が制したのは男女を通じて初の快挙。
ハイチ出身の父と日本人の母を持つ大坂は優勝賞金380万ドル(約4億2180万円)を獲得し、大会後の世界ランキングで7位に浮上することが確定。次戦は17日開幕の東レ・パンパシフィック・オープン(東京)に出場予定だ。
■強さと優しさ、20歳の新女王
表彰式は殺気立つブーイングで幕を開けた。セリーナが第2セットで、禁じられている観客席のコーチからのアドバイスを受けたとして警告を受ける。さらに主審をののしるなどして警告が重なり、ポイントやゲームを失った。判定に異を唱える観客による愚行だった。
「もう、ブーイングはやめて」。セリーナが客席に呼びかけた。続いて大坂がスピーチした。「誰もがセリーナを応援していたのは知っています。こんな終わり方になってしまい、すみません。ただ、試合を観戦に来てくれてありがとう」。涙ながらに、とつとつと感情を吐き出した。場内の空気が一変する。温かな拍手が、20歳のヒロインに降り注いだ。
セリーナは、大坂が幼少時から憧れてきた女王だ。「4大大会の決勝で戦うことを夢見てきた」。大阪市で生まれ、3歳から家族と移り住んだニューヨークが舞台。まさに運命的な巡り合わせだった。
大坂の集中力は研ぎ澄まされていた。ファン目線を捨てた。鋭いサーブ、ベースライン深くに刺さるショットで第1セットを奪った。第2セット。劣勢からの挽回(ばんかい)が難しいと悟ったセリーナは、心の制御を失った。ラケットをたたきつけて壊した。
異様な雰囲気の中でも大坂は感情を乱されず、勝ちきった。セリーナと抱擁を交わした瞬間を「私はまた小さな子どもに戻った気分になった」と振り返った。セリーナには「決勝で対戦する夢がかなった。プレーしてくれてありがとう」と感謝した。
ツアー初優勝した今年3月の大会ではスピーチで頭の中が真っ白に。「史上最悪のスピーチ」という自虐コメントが話題になった。
ニューヨークの夜は違った。試合内容で圧倒し、敗者へのねぎらい、観客への感謝も忘れない。その立ち居振る舞いは、初々しい新女王の誕生にふさわしかった。
………………………………………………………………………………
(記 2018.9.11 平成30)