
言葉忘れし民には滅びのみありき
滅びたくなしハングル習う
李 正子
人間も種のひとつとすれば、世にうまれ世を去りゆく営みに何の不思議もない。しかし、幸か不幸か、人は自己の存在を意識するまでに進化してしまった。
はじめてのチョゴリ姿に未だ見ぬ祖国知りたき唄くちずさむ
在日朝鮮人としてうまれ、差別に苦しんだ作者は、民族と歴史のはざまにあえぐ。
「アリラン」であろうか。みずからの存在を意識した作者の苦悩と誇り。祖国の言葉を知れば、思いは一層ふかくなる。
母の掌にわが掌かさねるたまゆらを日本の土が匂う哀しみ
ゆたかな知性を得て、戦争や偏見を克服することは人間の歴史的課題である。しかし、現実の世界を見れば楽観できない。そのひとつに、政治や文化といった次元とは異質の、あまりにも速く進化しすぎた脳のしくみにあることに気づく。(作者は歌誌「未来」の人)
(歌誌「ハハキギ」4月号所収 平成5年 1993)