+おっ!  ++じわじわ  +++まじかよ

赤木智弘『若者を見殺しにする国』朝日文庫、2011年+++
[子ども→不審者を恐れる 実際6,7割は親が殺している]
[2000年 女性の暴姦は一年で約200件→治安が悪くなったのではなく→警察の威厳を維持するため]

有馬哲夫『原発・正力・CIA』新潮新書、2008年+++
[テレビ局のチャンネルを増やさないのは、政府が情報操作したいため]
[日本テレビ 正力が「原発」、「ディズニー」、「保守大合同」をつくった]
[2006年 東芝がアメリカの原発会社を売買][原発にディズニーが加担していた]

瑠璃真依子『どろだんご 発達障害と共に生きる』文芸社、2012年+

大野更紗『困ってるひと』ポプラ文庫、2012年++

ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』新潮社、2009年+++

坂口恭平『隅田川のエジソン』青山出版社、2008年+

坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』太田出版、2010年++

竹内吉和『発達障害と向き合う』幻冬舎ルネッサンス新書、2012年++
[全ては「聞く力」=聴覚的短期記憶の問題]

松本哉『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法 増補版』ちくま文庫、2011年+

アルバート・アインシュタイン『ヒトはなぜ戦争をするのか?ーアインシュタインとフロイトの往復書簡』花風社、2000年

木村晴美『ろう者の世界 日本手話とろう文化』生活書院、2009年+

茂木健一郎『挑戦する脳』集英社新書、2012年++

岩橋誠治『良い支援 知的障害/自閉の人たちの自立生活と支援』生活書院、2008年+

渡邉琢『介助者たちは、どう生きていくのか 障害者の地域自立生活と介助という営み』生活書院、2011年+

下川裕治『日本を降りる若者たち』講談社現代新書、2007年

石川准『障害学への招待 社会、文化、ディスアビリティ』明石書店、1999年+

加藤智大『解』批評社、2012年++

山田真『障害児保育 自立へむかう一歩として』創成社新書、2010年+++
ラメズ・ナム『超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会』河出書房新社、2006年+

角田忠信『右脳と左脳ー脳センサーでさぐる意識下の世界』小学館、1992年+

トム・ハートマン『ADD/ADHDという才能』ヴォイス、2003年++

内田樹『日本辺境論』新潮新書、2009年

矢部武『携帯電磁波の人体影響』集英社新書、2010年+++
[男性が携帯電話をズボンのポケットに入れたり、ベルトにかけたりしながら話すのはよくない。生殖能力の低下につながりかねない]
[安全認可されていないのに販売されている問題。20年使うと脳腫瘍の確率が倍になる。]

関岡英之『拒否できない日本』文春新書、2004年+++

NPO法人「全国パニック障害の会」『「パニック障害」と言われたら』現代書、2006年+

小道モコ『あたし研究』クリエイツかもがわ、2009年+

綾屋紗月『つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく』NHK生活人新書、2010年++

堀江邦夫『原発ジプシー 増補改訂版 被曝下請け労働者の記録』現代書館、2011年+++

北野武『超思考』幻冬舎、2011年

ロバート・オーンスタイン『右脳は天才?それとも野獣?』朝日新聞社、2002年++

THINKER『偽情報退散!マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている』徳間書店、2011年+++

養老孟司『バカの壁』新潮新書、2003年+

岡田尊司『愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち』角川選書、2012年+++

岡田尊司『頭はいいのに、本は読めない 読み書き障害(ディスレクシア)のすべて』PHP研究所、2006年+++

株式会社レッカ社編著『マヤ・インカ文明の謎 未解決ファイル』PHP文庫、2010年+

堤未果『政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』角川SSC新書、2012年+++

坂口恭平『独立国家のつくりかた』講談社現代新書、2012年++

堤未果『社会の真実の見つけかた』岩波ジュニア新書、2011年+++

堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書、2008年+

堤未果『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』新潮文庫、2010年+

映画『ジャマイカ 楽園の真実』++

映画『渋谷ブランニューデイズ』+++

映画『モバイルハウスのつくりかた』+

『ポケットモンスター ホワイト2』++

















+おっ!  ++じわじわ  +++まじかよ

長谷川 知子『プラダー・ウィリー症候群 先天性疾患による発達障害のことがわかる本』講談社、2009年+

茂木健一郎『世界一受けたい「脳科学」の授業』PHP文庫、2010年+++

ヘルムート・F・カプラン『死体の晩餐』同時代社、2005年+

日経サイエンス編集部『脳から見た心の世界 part3』日経サイエンス社、2007年++

ドナ・ウィリアムズ『ドナ・ウィリアムズの自閉症の豊かな世界』明石書店、2008年+++

星加明徳『チックとトゥレット症候群がよくわかる本』講談社、2010年+

鍋田恭孝『身体醜形障害 なぜ美醜にとらわれてしまうのか』講談社、2011年+
[顔の一部が奇形のように感じてしまう 。モデル、見た目は70~90点の人が多い一方で、自己評価は-100点。
 鼻→マイケルジャクソン]

池田整治『日本人を騙し続ける支配者の真実 マインドコントロール』ビジネス社、2009年+
[戦争前のヤマト魂、侍魂]

浦賀べてるの家『べてるの家の「当事者研究」浦賀べてるの家』医学書院、2005年+++
[治すのではなく受け入れる]

間宮修一郎『頭がいいのに勉強ができない ADD<アッド>症候群 その原因と治療法を初めて公開する』
第一企画出版、2000年+++

p44[こうしたことからADDの子供は興味のある科目には優れた素質を見せるが、嫌いな科目は全く駄目だという成績を示すことが多い。数学はできるのに国語はまるでできないとか、その成績は科目によって極端に違う。このようにADDの子供は場合によってうまく行ったり行かなかったりするので、人によって「君には才能がある」と褒められるかと思えば、「おまえは頭が悪い」とけなされることもある。このためADDの子供は自分でも頭がよいのか、悪いのか分からなくなってしまうのである。]

[ADDを狩人、そうでないひとを農耕民族という新しい分け方]

p76[ADDの子供は待つということが苦手だ。彼等はいつも説明できない脅迫感を感じているようで、物事を先に延ばすことがで大嫌いで、特に仕事などはその日のうちに片付けないと気が済まない性格である。自分でもその理由はよく分からないのだが、たぶん心の中に何か言い知れない脅迫感が存在して、物事を先に延ばすことに不安を感じるのだろう。中略 彼等は将来の大きな利益を考えずに、その場の報酬を執拗に欲しがる。まるで「俺たちに明日はない」かのようであり、彼等にあるのは「今」だけなのである。中略 「今」を楽しみたいADDの子供はしばし、嫌なことを先延ばしするために嘘をつくが、悪気があってのことではない。しかし、嘘を追及されると、今度は意固地になってその嘘に固執するという頑固さも見せる]


柴本礼『日々コウジ中ー高次脳機能障害の夫と暮らす日常コミック』主婦の友社、2010年+

ダニエル・G・エイメン『「わかっているのにできない」脳<1>』花風社、2001年+++

高森明『私たち、発達障害と生きています 出会い、そして再生へ』ぶどう社、2008年+++

志村幸雄『世界を変えた素人発明家』日本経済新聞出版社、2012年+

榊原洋一『脳科学と発達障害』中央法規出版、2007年+++

アリス・モンゴメリー『スーザン・ボイル 夢かなって』早川書房、2010年+++

[学習障害を持ちながら、才能を開花させた。
なぜ、障害があるからこそ、才能に恵まれたにならないのか]

小笠原善康『新版 大学生のためのレポート・論文集』講談社現代新書、2009年+++

トマス・G・ウェスト『天才たちは学校が嫌いだった』講談社、1994年+++

p133[失読症患者の多くは本を幅広く読む。彼らは内容に興味があるから読むのであって、読むのが容易だからでない。実のところ、失読症の人々は読書にかなり洞察力を用いている。中略 努力する失読症患者は読書に障害があるにもかかわらず、内容に駆り立てられるのだ。そして他の人々のように「軽い読み物」に「逃避」することはない。]

p244[洗練された二次元、三次元のグラフィック能力を持つコンピュータが広まるにつれて、人々とマシンの間で、これまで不可能だったレベルでの強力な相互作用が可能になるだろう。この環境では、創造的な失読症や視覚思考に強く依存した人々は、ほとんど絵による言語だけを用いて仕事をして、必要なときにはマシンを使ってこれらの絵を、数学や記号、公式、その他伝統的な構造に翻訳させられるようになる。中略 「グーテンベルク以前、イラストと文字はまったく同一のものだった。分けることはできなかった。しかしそれ以降、ふたつの分野は分離した。現在グラフィック・コンピュータが手に入ったので、ふたつが再びひとつになるメディアが見えている。新たなグラフィック・ソフトウェアでは、言葉と絵の間には何の区別もない。」]

映画『人のセックスを笑うな』++

鈴木昭平『子どもの脳がどんどん良くなる 知的障がいは早期発見・早期指導で改善される』KKロングセラーズ、2011年+

[知的障害・発達障害を食物療法、体操、高速フラッシュなどで改善と強調。]

中邑賢龍『発達障害の子どもの「ユニークさ」を伸ばすテクノロジー』中央法規出版、2007年+

[思考の整理。時間の延長、電子メール、思考の視覚化、マッピングソフト]

ダロルド・A・トレッファート『なぜかれらは天才的能力を示すのか サヴァン症候群の驚異』
草志社、1990年+++

p34[ウィッツマンは、その患者がある種のコード体系を見つけだし、それによって計算するのだと考えた。なぜなら、計算表などの計算をさせると間違えたからである。質問は、たとえば1906年10月3日は何曜日か?というようなものだった。この特技を究明するにあたって患者の家族の前歴を調べたが、なんら役に立たなかった、とウィッツマンは述べている。この青年のカレンダー計算が、紀元2000年でぷつんと終わり、それ以後の年はまったく計算できなかったことは注目されてよい]

p86[この現象を説明してホフマンは、異常な記憶力や迅速な計算といった「特別な才能」は、なにもサヴァンに限ったものではなく、いかなる知能の人間にも起こりうると主張した。つまり、そうした特別な才能は、通常の知能の人間にも知能の低い人のも起こりうるのであり、サヴァンに固有の現象ではないというのである。さらにホフマンは、ある種の人々ーーーたとえば一人ぼっちで置かれた人とか、通常の社会との接触を断たれていた人ーーーは、正常な認識力を確保するための代償行為として、サヴァンと同じように記憶とか暗記に精を出すことが多いと主張する。]

p295[マッジオッタらは被験者のなかから、二つのグループを選択した。一つは音楽のよくできるグループで、かれらは視覚イメージを多用しながら分析的手法で処理した(楽譜を見て演奏した)。もう一つは音楽のできないグループで、かれらは主観的な、非分析的手法を利用し、ことに音楽刺激のときはその処理に頼った(耳で聞いて演奏した)。ここでは音楽ができるというのは、音楽を専門にしていたとか、楽譜が読めるなど、音楽鑑賞に熟達した人をさす(音楽を演奏したり聞いている最中に、しばしば実際に「音符が目に見える」)。こうした基準を設けて音列サブテストを行ってみると、右脳・左脳のどちらが優勢になるかは、聞き手が分析的で音楽に通じているか、非分析的で音楽を通じていないかによって結果は相違した。分析的で音楽のできる被験者は、多いに視覚イメージを利用し、「左の」側頭葉が優勢だったのにたいし、非分析的で音楽のできない被験者は「左より右に顕著な」前頭葉および側頭葉の活性化が見られた。このように、同じ音楽刺激ーーこの場合は音列ーーでも、分析的手法がとられるか非分析的手法がとれれるか、音楽ができるかできないかによって、右脳・左脳どちらの半球で処理されるかが違ってくる。こうした知見は、サヴァン現象にとっても興味深いものである。第一に、言語能力(サヴァンは一般に劣る)は左脳が支配的だという説が、全体としては確認されたこと。第二に、ある種の音楽の才能(サヴァンは一般にすぐれている)は右脳は支配的なこと。第三に、ある種の音楽の才能は、使用する手法によって右脳・左脳の優位性が変わること。]

まんがで読破『戦争と平和』

村上由美『アスペルガーの館』講談社、2012年+

岡田斗司夫『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』ダイアモンド社、2011年+++

養老孟司『真っ赤なウソ』PHP文庫、2010年+

綾屋紗月『発達障害当事者研究ーゆっくりていねいにつながりたい』医学書院、2008年+++

リチャード・ワイズマン『超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか』文藝春秋、2012年++

映画『ちいさな哲学者たち』+