昨日のモト氏の日記には、「原子力の推進に携わってきた科学者が謝罪しないのはおかしい」と発言していた研究者がいた、と書いてありました。
書いてあったよね?
ただ、科学者と言ってもいろいろいるわけで、理系の分野に限って言えば自然科学と応用科学に分けられると思います。
(かなりザックリだけど)
『人間=』の日記でも書いたけど、前者は地震・火山・気象・惑星・宇宙といった学問、広義には化学・物理学・数学といった、「この世界の本当の姿」を探究するもの。
後者は自然科学の研究で得られた知識や法則をもとに実生活・産業に転化するもの。
と僕は解釈しています。
そうすると原子力工学ってのは明らかに後者で、原子力は巨大技術を必要とし、巨大技術は産業を産み、産業はヒトとカネを集め、ヒトとカネはしがらみを生む。
そのしがらみを保持したいヒトたちがいて、御用学者なんてものが必要になる。
換言すれば、自然科学者は自然を「手の届かないもの」のまま捉えるのに対して、応用科学者は自然を「手の届くもの」に作り変えるようなイメージ。
でも原子力なんてのは火山なんかと同じく「神の力」みたいなもんで、これを完璧に操作するなんて夢物語もいいとこだと思う。
そんなわけで先日浜岡原発の全炉停止が決まったわけだけれど、「ますます夏の停電リスクが高まった」って盛んに報道されてますね。
しかし僕はあんまり悲観してないです。
というのも、良く言えば、日本人はまず環境適応能力がずば抜けていること。
悪く言えば時流と大勢に流されやすいってことだけど。
さらに「日本人の『できません』は信用するな」ってジョークがあるくらい、厳しい条件の課題を突き付けられたときの日本人や日本企業は超本気出すってこと。
しかも節約・節制なんて日本のお家芸。
なんならこれを期に節電技術と自然エネルギーの分野でさらに飛躍的な成長を遂げるかもしれない。
そうなりゃ世界の市場でも一歩先を行けるかもしれない。
なんて、もちろん希望的観測に過ぎないけど、久々に「日本人の本気」を世界に見せつけるときだと思います。
「何が問題かではなく、何ができるかが問題だ」
ってことで。