前回、前々回は書き殴りのようなメモだったので、その前の「思い込みと鏡の話」から2、3週間でしょうか。
あれから毎日のように自分の中で「こうありたい」という設定を取り入れては、翌日には抵抗が生まれ、そこを乗り越える。そんな日々でした。成長しているからだとわかっていても悩んだり苦しかったり……上向きになる度にブログを書こうかとも思いましたが、うまくまとめられそうになかったので今まで離れていました。
「こうありたいという設定」とは、「全て上手く行っている」と自分に言い聞かせること、もうそうなった自分でいること、欲しいものは全てあると理解することなど、エイブラハムやたくさんの達人さんたちが言っていることです。
そしてふと、記事を上げた10月1日その日。そこに書いたような、「今の状況も幸せなのでは?」という心境に辿り着きました。
また、段々と初めて経験した瞬間のことも思い出してきました。
好きな人を好きになった瞬間
今の職場に決まった時に抱いた思い(嬉しい、明るい部屋、穏やかそう、優しそう)
友達になる前、彼女たちと出会った瞬間
幼い頃、新しい知識が増え、学び覚えていくのが面白いと思った瞬間
産まれた瞬間
その時、両親たちが喜んでいたこと
まあ、下2つ、特に一番最後はいろんなところで見た情報で構築されただけかもしれませんが。
とにかく、わたしが出会ってきたものに対する感情は、どれも最初は喜びや嬉しさだったんです。
ことさら勉強が好きで楽しかった時のことを思い出した時は感動し、少しだけですが勉強中のテキストを開いてみたらあの頃と同じ感覚になり、すんなり理解できるようになっていました。
また、自分の内側に小さい頃、おそらく幼稚園に入る前の1,2歳くらいの自分が見えました。自分の世界の中で生きて、何をしても楽しくて、いっぱい笑っている……今までのネガティブ(ここまででも改善されましたが)とは全く逆の自分。この時はただその存在に気付いただけでした。
案の定、翌日に強い抵抗に会って頭を痛めました。
ですが、次第に落ち着き、その夜寝る前に母親に幼稚園に上がる前の本当に小さな頃、どんな性格だったかと尋ねました。昨日見つけた自分が本物だったのか、理想として作り出したものだったのか確かめたかったからです。
答えは「天真爛漫だった。可愛いものが大好きで、伯母とのパフェ作りをとても楽しそうにしていた」でした。
わたしは「そっかー」と頷きましたが、トイレに入って座っていると涙が流れてきました。格好がつかないな、と冷静になれば一度治まったものの、ベッドに入るとまた泣いていました。
ずっと本当の自分として生きたくて、本当の自分に戻りたくてしょうがなかったんです。
その期間は20~25年。人生のほとんどを偽って生きてきました。でもその内側には本当の自分はちゃんといて、好きな物を買った時や楽しかった時、嬉しかった時は表に出ていた気がします。かすかなほどほんの一瞬だったと思いますが、それでもその存在は確実に生まれてから今まで変わらずにわたしの中にいました。それをたくさんのものに覆われ、覆って壁を作り生きて来たんです。
本当の自分に集中、というか基準にすると今までどうにかしようとしていたエゴの声はすぐに聞こえなくなるようになっていきました。初めはちらちら気になっていましたが、回数を重ねるごとに以前よりもずっとスピードを増して力強くなっていきます。そして不思議なことに、それがとても心地良くて集中すればするほど引き寄せようだとかああなりたいだとか考えていたことがとても小さく感じるようになりました。
これから周りがどうなるかはわかりませんが、わたしはこの内側を意識してこれから生きていってみたいと思います。