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文化祭の季節

高校文化祭は2年の時だけ。
(体育祭と文化祭は一年づつの交互…だから…文化祭は一回しかしていないわけ…)


担任の先生が日本史担当で、文化祭やたらと張り切っていた。


正直、生徒の私よりもだ。


ワラ葺きの竪穴式住居のようなものを作った。


家庭科室では、ペーパーフラワーのカーネーションを作成。

一本50円で販売。


たこ焼きなんかの屋台は、もちろん無し!。


あまり、面白みのない『宰都祭』。


茶道部のお茶を飲んで、帰った。


(続く)







※写真は中学生の時に作った瓶詰め(?)







    神奈 抄子








短大生になって少したった頃、いつものように途中下車の旅に、神戸へ出かけた。


山沿いにある異人館を一通り見て回り、下りてきたら…


外国人のウェイターに声をかけられた。


色の黒い彼は、私を中学生かと思ったらしい。
(まったく…失礼しちゃうわ…)


「お店に来ない?遊ぼうよ!」
と、しつこく誘ってくる。


私はさらわれるんじゃないかと、丁寧にお断りしたが、敵もなかなかしつこい。


なんとか、敵を振り切り宿に帰った。


ひとりを楽しむ青春であった。



(続く)


    神奈 抄子




そう言えば…

小学5—6年の担任の先生って、本来の先生じゃなかったんだよね……。


本来の先生は、病気かなにかで、臨時の先生が担当になったの。


だから、大学出たてのような若い先生。


グループ日記(交換日記のようなもの)もした仲良し先生だった。


彼女は、私たちの卒業とともに、先生を辞めてしまったけど、とても良かったと思う。


3—4年の時の先生は、私が家の都合で、元の場所とはすぐ近くのところに引っ越してしまって、学区外だったけどそのまま通学させてくれていた。


あの頃は、そんな太っ腹で寛大な先生も多かったのかな?
(彼はその後、どこかの小学校の校長になったそうな…)




(続く)


    神奈 抄子