
ずいぶん春らしくなりまたね。
先日,追い出しコンパがあり,2次会のカラオケで盛り上がりました。
仕事の方は,今週末にあるシンポジウムの講演が千秋楽です。その後,沖縄で開催される学会に行きます。
さて,先週長野県に行きました。往きは特急あずさ号で茅野まで乗って,上諏訪に泊まりました。翌日は中央線で松本を経由してしなの鉄道で小諸まで行き,2泊目の宿をとりました。八ヶ岳をぐるーと回ったことになります。復路は長野新幹線を利用しました。
行く先々の駅には,「風林火山」ののぼりが飾ってありました。私の浅い認識では武田信玄=甲州・山梨県でしたが,調べるといろいろと謂われがあるんですね。ちょっと復習します。
武田晴信(信玄)が信濃攻略に踏み出した最初の標的が諏訪頼重の上原城です。頼重は晴信の妹・禰々(ねね)を正室に迎えていましたが,幽閉された後自害し,滅ぼされました。
そして,晴信が諏訪と共に手に入れたのが頼重の娘・由布姫(ゆうひめ)です。「尋常隠れなき美人」と伝えられる由布姫を見た晴信は側室にと望みました。当時,由布姫は14歳,今ではちょっと無理ですね。
重臣達はそろって反対したそうですが,山本勘助は諏訪の懐柔策になると進言し,説き伏せたそうです。由布姫はその後の当主となる勝頼を生みます。
このような話を聞くと,諏訪湖は由布姫の悲しみを湛えているようです。
一方,小諸は北国街道の宿場町で,戦国時代は要衝の地でした。晴信の侵攻で鍋蓋城が手中に落ち,以後約30年間武田氏によって支配されます。晴信はこの地の重要性を認識し,山本勘助に新たな縄張り(配置設計)で大城に整備させました。その城跡がいまの懐古園です。
また,今回の現地見学で知ったのですが,小諸は日本で一番日照時間が長い町だそうです。そのため,太陽光発電パネルが小諸市内すべての小中学校に設置されており,ソーラークッカー(写真)を利用した環境教育も盛んです。
そして,地元産食材を利用した学校給食は1988年から取り組んでいます。
地元の産直組織も長い生協産直の歴史がありますが,農協との軋轢を生まないように努めているようです。
風林火山は,いまも信州で生きているようでした。