またまた更新が滞りごめんなさい。
涼しくなったり,暑さが戻ったり体調管理がたいへんです。

昨日,東京都農業改良普及事業発足60周年記念フォーラムが都議会議事堂1階の都民ホールで開かれました。会場はゆとりある造りで,約300名の出席者がありました。

私は全体総合討議のコーディネーターを仰せつかりました。福岡県で普及員を5年弱経験したことも理由の一つかもしれません。この間,都庁普及担当のMさん,N普及所長のYさん,C普及所長のYさんをはじめ多くの方にお世話になりました。ありがとうございました。

5名のパネラーが普及と自分の経営との関わりについて事例報告をしたのち,1時間ちょっと全体討議を行いました。フロアからの質問や意見も予想以上に活発に出ました。出席者は農業者,農業団体,市町村職員,消費者,普及関係職員などです。

最後に私が事前に作成したメモを基にして,まとめの発言をしました。フォーラム終了後に開かれた祝賀会で私の「まとめ」に対して数名の方から褒められ,舞い上がってしまいました。
ここに再録します。

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 本日の農業改良普及事業が発足60周年記念フォーラムでは,最近10年間の普及事業の取り組みと5名の方から成果事例を報告していただきました。その後の全体討議においては,質疑応答の後,5名のパネラーから今後の農業経営の展望とこれからの農業改良普及事業について要望を話していただきました。

 本日のフォーラムを聞いて,一つのキーワードがあると感じました。
 それは,「つなぐ」ということです。環境保全型農業を実践し,より安全な農作物を生産者から消費者に「つなぐ」取り組みとして,直売や摘み取り農園の話をされました。また,生産者や農地と児童・生徒を「つなぐ」ものとして,学校給食へ食材を供給する事例報告もありました。また,八丈島の自然条件を活かしたフェニックス・ロベレニーの輸出は,日本とヨーロッパを「つなぐ」ものであり,いま盛んに進められている農産物輸出のさきがけとなるものです。
 この,「ものをつなぐ」,「心をつなぐ」,「人と人をつなぐ」,という行為に深く関わっているのが普及員だと思います。いまは「普及指導員」と呼称が変わったことを承知していますが,ここではあえて普及員と呼ぶことにします。
 普及員は行政上の権力や補助金や制度資金の交付決定と言った力を持っていません。しかし,農業者や農業団体,食料関連企業,消費者,消費者団体といった相互に利害関係がある人達を利害調整することが求められています。普及員がそのときに発揮するのは,権力やお金ではなく人柄や人間性を基盤とした相互信頼関係です。
 信頼は老舗企業の「のれん」と同じで,築くには相当の年数が必要になります。一方,その信頼は一つの過ちでたちどころに崩れ去るという危うさもあるのです。
 農業改良普及事業が60周年を迎えたのは,先輩普及員の皆さんのご活躍のうえに現役普及員の活動があったからこそだと思います。農業改良普及員は,農業者や食料関連産業,消費者などと今後も身近な存在でありつづけるとともに,決して役人ではなく,技術屋であり,コーデイネータであって欲しいと願っています。

 最後に東京農業を基盤とした農業改良普及事業にこれから10年後を見通した私の提言を話して結びとしたいと思います。
 東京は今年の8月現在1290万人の人口を抱える超巨大都市です。そして,昼間人口は2005年の推計では1500万人にもなります。これらの人たちの食料は大部分は他の道府県や外国からの輸入に頼っています。カロリーベースの食料自給率は1%に満たないわけです。しかし,東京農業の底力を見損なってはいけないことを今日のフォーラムで少しはアピールできたのではないかと思います。カロリーベースの食料自給率には寄与しない花きや野菜などの生産が多く,2005年の農業生産額は317億円にもなります。品目別の都内産の供給力を見ると野菜は91万人,牛乳は36万人の供給力があるのです。
 一方で,食料と農業をめぐる状況はここ1~2年で大きく変化しました。原油価格の高騰,アメリカの住宅バブルの崩壊を契機とする金融危機,新興国の石油や食料の需要増大などを要因として,食料や肥料などほとんどの商品価格が急上昇しています。これまで日本人は永遠に安い穀物や石油など一次産品を好きなだけ海外から買えると思っていました。それが,お金を出しても「買い負ける」事態が発生しているのです。
 このような状況下で,生きるために必要不可欠な食料【食べ物】は,地産地消運動のようにできるだけ身近のところ,できれば国産で手に入れたいという意識が高まっています。このような事態は,食料過剰の時代からから不足の時代という物の見方や思考の枠組みを大きく転換する必要があります。

 再び東京農業に話を戻しましょう。東京の農地は約8000haですが,ずっと減少傾向にあります。特に,生産緑地や農業振興地域などに指定されている優良農地は2020年には6400haになるとの予測があります。今日の報告者は若手中心ですが,都内の農業者は高齢化が進んでいるのが現状です。つまり,このままでは農地は相続が発生した時に転用されたり,耕作放棄されたりする可能性があるのです。2005年センサスのデータでは都内の耕作放棄地は439haあり,経営耕地面積の6.5%にもなっています。このように利用できる農地をほったらかしにするのはもったいないことです。農家が耕せない,耕さないならば消費者が耕すことを手伝ってはどうでしょう。この取り組みはすでに東京青空塾,体験農園,市民農園などの取り組みがあります。しかし,まだ広く一般化しているわけではりません。耕作放棄地と消費者を「つなぐ」役割も普及員にあると思います。

 都市農業を継続するにはさまざまな障害があります。周辺住民からの土ぼこりや農薬の飛散に対する苦情があります。また,相続税の納税猶予や宅地並み課税の除外など農業を本気で継続する農業者には必要不可欠なものです。これらを解決しながらいま農業を継続している東京の農業者を私たちは誇りに思いたいと思います。さらに,その支援者でありナビゲーターであり,技術指導者である普及員の皆さんにも応援のエールを贈りたいと思います。

 最後になりますが,本日は報告者の方々,またこのフォーラムを周到に計画し,見事成功に導かれた普及関係職員の方々に改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
 60周年記念フォーラムの開催を一里塚として,東京農業が未来にむかってはばたくための出発点となることを祈って私のまとめの言葉としたいと思います。ありがとうございました。
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午後からバイオマスの調査のためベトナムに向かいます。南部のカントー大学と中部のフエ近郊のバクマに滞在します。カントー大学では英語によるプレゼンを強制されています。
15日には帰国の予定です。webにつながれば,近況報告をします。