皆さん何かしたくて、物資を集めたりしてるかもしれません。

しかし、その物資、本当に必要ですか?

必要と誰かに言われましたか?


現在盛岡には、大量の物資が集まり、山積みになっています。

被災地でも、場所によっては、大量の、いらない物資で溢れているらしいです。

何が必要かを聞かず、せっかく集めたからという勝手な理由で、届け先に連絡も入れずに送りつけたり、運びこんだり。。


そういうのはもうやめませんか?


ランドセル、沿岸で何千と余ってるようです。

責任を感じます。


しかし私らは、必要なところを丁寧に探し連絡を取り、必要と言われた分だけ届けました。



なんでこんなことになるのか?


少し考えればわかることです。


集めた人は、悪気はありません。

被災地のどこからか、誰かが、「○○欲しい」とつぶやいた。あるいはどこからか聞いた。


集めなきゃ。

声をかける。

集まりすぎる。

さてどこに届けようか?

だいたいこんな順番です。

そこで、必死に連絡を取り、受け入れ先を探したり、現地でも必要な人を探して配ったりする人はいいのですが、



誰に届ければいいかわからず、どこかに送りつけたりする人たちもいます。


そのせいでこの混乱。


この先消費していく食料などを除いては、集める、ということをいったんやめるべきだと思います。


冷静になりましょう。


物資を集めて送りつけることだけが支援じゃないです。

逆に迷惑な場合もありますよ。



これからは、大量に集まった山崩しをする人間、必要なポイントを見つけ出し、細部に丁寧に配って歩く人間の、人力が必要と思います。


県や国はこの状況をなぜ発信しないのでしょう。


私はこのことを、皆さんにも、県にも要望したいと思います。



4月3日に、釜石の小学校に残り全てのランドセル、290個を届けてきました。

これで私たちが届けたランドセルの総数は、685個になります。


盛岡の機関でざっと集計をしたところ、岩手県沿岸に届けられたランドセルは新旧合わせて2000個近くだそうです。

岩手県に限っては、もう充足したと見なし、盛岡は収集も受け入れもストップする考えのようです。


新学期、子どもたちがランドセルと希望を背負って、学校生活を送れることを信じてやみません。


今回この活動をしながら、ボランティアとは何かを深く考えさせられました。



「素人は手を出すな」「何かしたいなら義援金を」とたくさん忠告をもらったのにも関わらず、突き進んでしまいました。

途中でその意味がわかりかけたのですが、後戻りはしませんでした。

でも、自分たちがやることは本当に意味のあることなのか、ボランティアという名の押し付けでは無いのか。

現地とやり取りをする度に疑問が湧き、悩みました。

協力や寄付をしていただいたかたからも、反省や疑問の声が聞かれました。


でも、子どもから子どもの手にランドセルを渡した時の、受け取ってくれた子の笑顔、嬉しいと言ってくれた言葉、先生がたの涙、嘘ではないと思います。


自己満足と言われても、これだけの人たちの思いを集結させ、届けることが出来た、それだけで意味があったと思います。


子どもたちの笑顔がそう言っていると感じました。


私たちは代表で届けてきたに過ぎず、一つ一つの皆さんの気持ちこそがこの活動の成果です。


どうかこれからも被災地の復興を応援してください。

2011年4月6日記

これから、釜石、大船渡に、ランドセルを届けに行ってきます。


今回、この企画を実行するために、たくさんの人の力を借りました。


ほんとにそりゃもうたくさん…。



始めは友人からの一言で始まった。

「卒業した娘のランドセル、被災地の子どもたちに贈れないかな?」



そこから今日まで、約一週間。



私の役目は、被災地の声を直接聞いて、繋げること。

知り合いのつてを頼り、被災地の先生などに、お話を聞くことが出来ました。


やり取りの末、要望をいただき、今日4ヶ所400個を届けることになりました。


同時に、お母さんたちのネットワークであちこちの小学校からかなりの協力をいただきました。


ラジオやテレビの呼び掛けでもたくさんの寄付がありました。


いただいたランドセルは、有志のみなさんがワックスで磨きをかけ、たくさんの思いとともに今日届けに行ってきます。




みんなに届け!


ぼくらのランドセル