旅は5日目の1月27日。プエルトリコの首都人口395千人のサン・ファンの港にやって来た。

 

 

 プエルトリコについて外務省に聞こうとしたけど、ホームページにこの国は載っかっていなかった。外交関係がないんだろうか。仕方なくウィキペディアにお聞きしてみた。この島もやはりスペインの植民地から始まっていた。当時のスペインは、どのくらいの国を植民地にしてしまったのでしょうか。まあ、現代においてもよその国に攻め込んでいる国もあるんだから、当時の制覇はやむ無しだったのか・・・横道にそれてしまったけど、国の面積は鹿児島県ぐらい、人口が319万人、鹿児島県は157万人らしいから人口密度では鹿児島はゆるゆるスキスキの隙間がいっぱい。まあそんな国のようです。

 余談になるのですが、先のアメリカ大統領選の終盤、応援演説に登壇したコメディアンが、カリブ海に浮かぶ米自治領のプエルトリコを「ごみの島」と揶揄(やゆ)し、プエルトリコにルーツを持つ人々が猛反発する事態になった・・・なんて聞いた。道路にも街角にもゴミ無しのきれいな島なのに怒るはずですよ。

 これ、どこの写真だ。3層吹き抜けで華やいでいるエントランス・ホールに面しているエレベーターの中で自分を写してみました。

天井には恐竜世界の動画が流れていた。

 いつも観光に出かける前に集まっているホール、輪になってダンスを楽しむ人たちもいました。

 サン・ファンの町に出かけて観光の始まりです。

 カリブ海最大規模だと言われるサン・クリストバル要塞にやって来た。ズラッと並ぶバスは中型バスより小型っぽいバス。そういえば街中で大型バスは見なかったかも知れない。

 サンファン国立史跡(米国内務省)としてあるようです。そんな史跡への入場です。

 

 屋上に上ると、そこからは何隻もの客船が見えた。

 

 この要塞に勤務する兵士は、こんなところで寝ていたのか。寒くはないので、ここにゴロ寝でもよかったのかな。

 こんな銃も並んでた。

 老体には、この傾斜ありの登りは、やはり厳しかった。

 昨年暮れに亡くなられた元アメリカ大統領ジミー・カーターに弔意を表す米国とプエルトリコの半旗が掲げられていた。ノーベル平和賞も授与しているというカーター100歳でお亡くなりになったという。なんと長寿だったこと。

 

 

 こんな造りを見ると要塞だなを実感します。

 要塞の上から見るとどこまでも青いカリブの海が広がっていました。