
ちょっと高台にあるあるホテルでの朝。福知山市の一部でしょうが望めます。昨夜ライトアップされてかすかに見えていた福知山城も遠く向こうの山裾に。

今日からの2日間私たちを運んでくれるJAPAN観光バスでホテルから10分ほどの福知山城見学の駐車場に。

なんといっても明智光秀だ。

まず恐怖がやってきた。階段は絶対いやだという私に、この太鼓橋を上れという。老人に優しくない、ちょっと大げさに言えば、やや身体障害者になりかけだという我にはつらい。でもおかしなもので、旅ということになると、日常ではあり得ない気力が沸いてくる。

手すりがあってよかった。これがなければもう観光拒否だ。一番後ろからトボトボ。

20.2m鉄筋コンクリートの4階建てのお城は、市民による「瓦一枚運動」によって市のシンボルとして昭和61年11月(1986)に竣工したそうだ。


いただいたお城のパンフレット。ここには細かく書かれている。明智光秀が天正7年 (1579) ごろ築城、以後幾多の城主の変遷を経て、明治6年 (1873)の廃城令により天守周辺の石垣や銅門を残し、その大半が失われたという。「なぜ廃城令」ってな疑問がわく。明治になるとお城は陸軍の財産となったが巨大な建築物の管理維持ができなくなったらしい、「残城処分」として陸軍省所管、「廃城処分」として大蔵省所管に分かれ、そのほとんどは廃城の運命を辿り売却されたり取り壊されたのだ。なるほど昨日訪ねた園部城の中に中学高校があったのも理解できる。思いもかけずこんな勉強をさせてもらった。我がふるさとの松本城も競売により取り壊しが決まっていたのに、民間人の奔走による資金集めによって現在もその古の姿が残されている。そんな先人に多謝あるのみ。

ライトアップ用のライトに雨覆いが掛けられていた。

2022年11月に藤井聡太竜王と広瀬章人八段との竜王戦第4局がここ福知山城で繰り広げられたそうです。この対局は藤井竜王が勝利し3勝1敗になったとのこと。

まさに戦国時代、よく知った武将の名前が並んでいました。

左に見えているのが銅門番所。城の歴史を語る貴重な建物。だとパンフでは教えています。

帰り道はあの太鼓橋を避けるためただひとり遠回り。加工しない自然石を積み上げた「野面積」の石垣に沿って歩きました。

真っ白な土塀に矢を射るのか銃を撃つのか「狭間」が見えた。そして、堀にかかった太鼓橋が見えている。