かっての大統領の時代、鉱物資源の採掘があったといい、セスナ用の滑走路ができた。左右にカメラを振って写してみました。両側の芝を見ると管理してるみたいだけど、今は不良資産ってなところでしょうが、観光立国としては草ボーボー自然のなすままってな訳けにはいかないでしょう。

 

 外国のおじさんがヤドカリを捕まえて見せてくれた。首から下がった双眼鏡はニコンだ。

 

 きれいな砂浜に「ヤドカリ」があちこちにいました。

 

 青い空に波静かな海の色が映えます。

 

 珍しくもプールを使ってる方がいらっしゃった。このとき船はスクリュー4枚を回して全速力なんてことは知りませんでした。

 午後の観光は、沖合でのシュノーケリングだった。私はもちろん不参加。浜辺ではなく足が立たない「沖合」だったのがいけなかった。私たちの仲間が溺れてしまったという。そんな事態に参加者全員のお遊びが終了となり船に引き上げたというのです。もちろん後刻聞いた話なんですが、船医の指示で病院行きとされ船は全速力で首都の町まで走ったとのことでした。午前2時ごろ港に着き救急船に引き渡して、船は再び航路に戻ったと添乗員からのお知らせがあったのは翌日のこと。彼は終日の対応で睡眠はとれたのでしょうか。

 6F の先端にはこのパノラマラウンジ。読書用に書籍も並んでいましたが日本語本はありませんでした。

 3F のメインラウンジ。ボートに乗る前の集合場所がいつもここでした。

 私のキャビン。彼がいっぱい持ってくる。時にはビールもいっぱい。冷蔵庫に入りきらない本数がここに並びます。

 彼が写してくれた。私のキャビン担当の「ムハンマド」インドネシア人。日本でも漁船に乗って働いていたことがあったといい、薬指の先を失ってしまったといって見せてくれた。日本語は話せないし、分からないようだったけどずいぶん親しくなった。夜遅くに訪ねて来た時にはビールで乾杯。仕事があるからと再度のおすすめは必ず拒否するという忠実さだった。部屋に入ってくると必ず「ビール、ビール」だからよほど好きなんだろうけどね。

 

 冷蔵庫に入っているミニボトル。もちろんウイスキーもあったけど、私はこれを愛用。ワインやビールはレストランでいただくから、部屋に帰ればジンとウオッカが専用。とのことをムハンマドに伝えたらいっぱい持ってきた。

 そしてこんな姿にしてスーツケースに押し込んでしまった。それは持ち帰れとの意。

 フォトコーナー。カメラマンがいて、お客さんを彼が写した写真を販売していた。

 

 

 シアターで夜の部を鑑賞してお休みでしたが、夕ご飯のとき意外な話を聞いてしまった。「食事にこない、観光にも出てこない方がいますね」とお聞きしたら、船医さんのお世話になった方が5人もいたというのです。どうやら船に乗る前のホテルでの海鮮料理に問題があったらしい。胃腸を痛めて、悲しいことにクルーズの間8日間も体調不良に苦しみ観光の時間を無にされてしまった方もおひとりいらっしゃった。