7月3日までの旅が終わった。撮りためた写真を整理しながらブログで2回目の旅を始める。どちらかといえば、この2回目の旅の方が私は楽しい。

   長いこと旅に出なかった。そう7ヵ月ぶりにその時がやって来たのでした。まずはコロナだった。その不安が世の中を覆っていた。そしてロシアのウクライナ侵攻という出来事だ。あんな大きな国が、なぜもっと国土が欲しいのか。分かりません。でも、ひとのことは言えない。かっての日本国もそうだった。よその国に満州国なんてのをつくちゃったり、大東亜共栄圏とかいって南の方の国までひっくるめようとしていた苦い歴史がある。太平洋戦争末期の日本の姿が、現代のウクライナにある。街が壊れてゆく、その悲惨な姿をテレビ画面が日々伝えている。かの国はそれを「戦争」とは言わず、軍事侵攻だという。どこがどう違うのか。そして苦しんでいるウクライナ国民を「ネオナチ」から守ってあげるんだ・・・と聞こえた気がした。そんな言葉を発して起こした争いが世界中を苦しめている。流通が乱れ、燃料が高騰し、小麦がなくなり食糧危機が訪れ、物価高への苦しみが地球上に拡がってしまっている。てな世情の中で、のほほんと旅などしていていいのか、という気持ちは心のどこかに引っかかっていた。

 平穏に進むのかと思っていたのに、新型コロナがまたまた暴れはじめた。報道では7回目、7波がやってきたと報じ始めた。Gotoトラベル、旅行支援を再開しようか。なんて政府が言い始めたかと思ったら、またその風船はしぼんでしまうのか。それはまあいいとしても、また、自粛自粛の日々がやってきてしまうのか。いったいこのウイルスは何波まで地球を襲っていれば気が済むのだろうか。

 新神戸駅に着いた。もちろんこの駅で下車するのは初めてのことだ。

 そして、地下鉄で三宮駅へ。この名前は1995年の阪神・淡路大震災の時知ったとの認識しかありません。エスカレーターでは、みな右端に並んで立ってる。どうして関西では右に並ぶことになっているんだろう。その訳を是非知りたいものだ。

 三宮からポートライナーに乗って港にやってきた。そこにこれから乗船するパシフィックビーナスの姿があった。

 最初の出会いがこれだった。PCR検査、これをパスしなければ乗船できないのです。4回目のワクチン接種を終えている私は大丈夫と思えども、どこかに不安はあった。乗船不可だった方がいたのかどうか知りませんが、1時間待機後に無事乗船となるのでした。

 私のキャビン。このお部屋で7泊8日の島めぐりが始まるのです。

 乗船して直ぐにちょっとしたおもてなし。

 ライフジャケットを着けて来いとは言いませんでしたが、乗船時に必須の避難訓練がありました。

 出航前8階ボートデッキではフィリピンのバンドによる軽やかな演奏と歌があるのでした。

 

 ドラが打ち鳴らされて時間ピタリに船は岸壁を離れました。

 タグボートが一生懸命出航の手助けをしてくれていました。

 神戸の街を離れ行きます。

 そして船は、淡路島と和歌山市の間を抜けて宮古島までの1593㎞を15ノット時速27㎞でノンストップ約63時間かけて走るのです。

 お食事の時間、こんなメニューでした。

 

 

 夕食時には短時間の演奏あり。こちらもフィリピンのチームでした。乗務員は180人だと聞いた。主要スタッフの日本人を除けばほとんどがフィリピンの方々らしい。日本語もまず大丈夫。17年も働いているなんて方もいた。

 レストランはこんな雰囲気。席の間隔をあけて飛沫対策を施しコロナ対策に万全を期して・・・。まあお客さんも少なかった、定員630人のところに180余人しか乗っていないというのでした

 どこの灯りか定かでありませんが夜が深まって行きます。