
この地図をどこで撮影したのか覚えていませんがカードに挟まっていました。右が函館市街図、左の地図には今回訪ねるところがすべて入っていました。ただこの地図は古い。2014年に部分廃止されているJR江差線がまだ残っている。もう7年を経過しているというのに。どなたでしょうか、この地図を掲示している方は。

着飾った路面電車が走ってきた。

平成18年(2006)にオープンしたという2代目五稜郭タワーにやってきました。避雷針を入れての高さは107m。

後で写真を写すのですが、こんなきれいな画があれば私の写真は不要だったかも。

98mの展望台からの眺め。夜になったら函館山へ行きます。

違う方向も写してみた。着陸か離陸か、飛行機が入っていた。

どんな工夫をしても全体像は入りませんでした。江戸幕府により安政4年(1857年)に、蝦夷地を管理して外国から防御するために7年かけて作られたという星形要塞。この真ん中に箱館奉行所があったそうです。

箱館戦争で銃撃により絶命したという土方歳三のブロンズ像は真っ黒け。

この回廊には五稜郭の歴史を学べる展示スペース「五稜郭歴史回廊」があります。そこには「幕末の見果てぬ夢の象徴ー五稜郭」として誕生からの歴史がパネルに綴られていました。アメリカ黒船の箱館来航に始まって旧幕府脱走軍の五稜郭占拠そして新政府軍との戦い。その脱走軍の頭が榎本武揚、もちろん土方歳三の名前も出てくる。箱館周辺を半年間にわたって戦火に包んだ箱館戦争は、旧幕府軍で約800名、明治新政府軍で約300名の犠牲者を出して終結した。などと書かれているのでした。

五稜郭の方へ歩いてみた。「箱館戦争供養塔」鳥羽・伏見の戦いに始まった戊辰戦争。新政府軍と旧幕府軍との最後の戦闘の地がここ函館だったのです。明治元年榎本武明が率いる旧幕府脱走軍が占拠し、翌明治2年終結する箱館戦争の舞台となった・・・などと次の写真の説明文には書いてありました。


右に見えているお堀にかかる橋を渡ると五稜郭の中に入れるのですが、時間がありませんのでここでお帰りとしました。

ホテルの近くに函館駅。そこにおおきなホテル「JRINN」

夕ご飯はここ。朝市が開かれる市場のひとつですが、お客さんはいません。道下商店というお店で海鮮丼をいただくのでした。そこにちょこっとついていた「いか塩辛」の美味しかったこと。販売店はどこにあるのとおかみさんに聞いてみた。翌朝朝市で買うことに決定。

函館山にやってきた。一番低いところの展望台には添乗員を入れて7名の私たちだけ。タクシーの運転手さんが親切な案内をしてくれるのでした。


運転手さんの案内でお山を少し上ってきた。ここが絶景ポイントですよとのご案内。ふむふむ絶景だ。

ライトアップされた五稜郭タワーが見えている。手前に見える電飾されている船が摩周丸か。

125人も乗れるという大きなロープウェイゴンドラがやってきた。海抜334mの山頂まで約3分だという。でも、お客さんは20名程度だったかな。

手前にライトアップされた白い建物が目立っていた。後刻調べてみた。函館ハリストス正教会(ロシア正教会)その奥に歴史あるローマカトリック教会として紹介される「カトリック本町教会」が見える。あの修道院も含めて函館には教会がいっぱいあるらしい。

カメラを少し港の方に振ってみた。五稜郭タワーの展示コーナーに書かれていた「海上でも両軍の軍艦による砲撃戦が繰り広げられ、波の静かな天然の良港である箱館港が紅蓮の炎に包まれた」と。雲ひとつない夜空の下で世界三大夜景のひとつといわれている夜の光を堪能して帰るのでした。ちなみに三大夜景の残り二つは香港とナポリだそうです。