
この線路。ここが革命の終焉の場だというところにやってきた。

バチスタ政権と革命軍最後の戦いの舞台、装甲列車爆撃記念碑広場、オベリスクみたいな記念碑が立っている。そこに見えている貨物車といっても弾丸も跳ね返してしまう装甲車が博物館ということらしい。次に紹介する写真などがずらっと並んでいました。

1958年(昭和33)12月29日政府軍が革命軍に対するため武器などを輸送してきた装甲車を襲うのでした。その指揮を執ったのがチェ・ゲバラその人だったのです。

これは間違いなくゲバラだ。葉巻をくわえている。隣には女性闘士の顔も見える。

転覆した列車の写真が詰まっています。ひと枠は女性だ。前の写真のゲバラの後ろでほほ笑んでいる彼女かもしれない。
m26-
襲撃に使われた火炎瓶。その下の「M-26-7」は、あのモンカダ兵営襲撃の日7月26日を記念する革命軍旗みたいなものなのか。分かりません。

このブルトーザーで線路を破壊して列車の転覆をはかったということのようです。


「チェ」とのサインがある。これがゲバラの象徴だ。お髭をいっぱい蓄えたゲバラ。このころ何歳だったのだろう。計算してみたら30歳。政府軍6000人に相対した300人の革命軍、この「サンタクララの戦い」に、どこを探してもカストロの名前が出てきません。この戦いは、わずか2日間だったそうです。この敗北によって3日後バチスタ大統領は国外逃亡。ここに革命軍の勝利がなったということのようです。

広場の片隅に、線路を破壊したと思われるブルトーザーがきれいに化粧されて展示されていた。

記念碑広場で、その歴史に触れての帰り、その鉄路を見る目が少々微妙。

サンタクララを後にします。ここにも大きく書かれた「チェ」だ。この地の共産党本部らしい。

どこで写したのか覚えがありませんが、多分トイレ休憩時に売店で撮影したのかもしれない。