弘前を立つまでの時間はいっぱいある。弘前の町をぶらぶら歩き。運良くもお揃いのねぷたに遭遇。夜どうし警備していただろう警備員さんとの引継ぎにやってきた係の人が「写真撮ってあげる」といってきた。本来自分を写すのをあまり好まない私。でも折角のご好意を無にすることは忍びない。この旅で唯一、我を写していただいた記念品だ。 

 知事賞があった。奇跡みたいな遭遇だ。青森、五所川原のねぶたと比べると姿も小さいし、武者顔が違う。お人形風というのかすごみがありません。どのねぷたもこんな感じなんです。これが弘前流ということかもしれません。この町の祭りには80台ものねぷたが出演するそうですが、毎日80台が出るのではありません。とお話しいただいた。

 こんなかわいいのもあるようです。どうやらここのねぷたは、「火扇」大小はともかくこの形が主流らしい。「三国志や水滸伝など、名武将らを描いた火扇や組ねぷたが躍動し、観客を真夏の一夜へといざなう。「ヤーヤードー」の力強い掛け声が地を震わせ、エネルギッシュなねぶた囃子が魂を揺さぶる。」お祭りPR新聞は、こう書いていましたが、残念ながら、その「ヤーヤードー」の掛け声を聞くことはできませんでした。

 弘前公園にやってきました。昭和12年に指定されたという重要文化財「二の丸東門」から園内に入るのでした。 

 全国でも屈指の桜の名所だというこの公園。お城工事を担う企業体が展望デッキ横に「桜祭り歴代ポスター展」なるものを催していました。 

 本来の立ち位置から三ヶ月を要してここに曳かれて鎮座しているお城。お城を見る展望デッキがありました。さして高いものではありません。そこから写したお城が次の写真。 

 「ホントのお城はどこにあるの」見学に来ているお客さんから、そんな声が聞こえてきました。わたしはこれが本物だと思ってはいたのですが、そのお城の小さなことに驚いていたのが正直なところ。 

 石垣の上にその雄姿を見せていたお城を、堀を埋め立てて、ここに曳いてきたと言います。その様子をテレビで紹介しているのを見ましたが、すごい技術を持った人たちがいるものです。 

 すべての石に数字を書いた札が貼り付けられています。解体した時の目印でしょう。震災にあった熊本城の修復でもこうした努力を重ねての作業になるのでしょう。 

 下乗橋というそうだ。どうやらこの橋から眺めるお城の姿がピカイチらしい。この工事をしているところはお堀だったという。そして10年も続くという改修工事が終われば、そこにお城が引き戻されてくるのでしょう。

 

 

 弘前の駅前にも格納されていた。駅前JRねぷた愛好会と書いてある。 

 弘前駅構内は、まさにねぷた一色だ。 

 

 秋田を 8:37 に出た奥羽本線「特急つがる1号」がやってきた。 

 旅仲間は、10:42 に立つこの特急で行ってしまう。私もこの列車の指定席を持っている。でもローカル線を使いたくて、この列車をやり過ごすのでした。 

 10:59 発の私の電車がやってきた。新青森では時間がある、急がなくていいのです。ローカル線の味を楽しむのです。わずか35分間の味だけど。 

 

  北海道まで新幹線が伸びたのが2016年3月。以降青森と函館がこうして観光の共同戦線を張っているようです。

 駅地下、土産物飲食街もねぶた気分。 

 新青森駅発12:39 はやぶさ20号、終着駅東京 16:04 東北祭り旅が終わります。