村内に現存する最古の井戸とか。「一片氷1933」と書いてあります。さて何を意味しているのでしょうか。かなり深い井戸、現在も使われているみたいです。

   とにかく暑くてたまりません。そこでこんな扇子を買うのでした。3000ドン(約15円)とメモ帳には書いてある。ひょっとして3万ドンだったのかも。でも馬鹿安だ。スムーズには折りたためませんが、大きさは日本の扇子の1.5倍ってところか。風はいっぱい送られてくるのでした。

 裏面には、何が書いてあるのでしょう。中国からの輸入物か漢字がいっぱい「春秋戦国時期出生」「愛国女子的高尚思想情操」「楊貴妃」なんて字が読めました。 

  レストランと同じ敷地内に村内最古の建物があります。この屋根も先ほどの瓦葺きと一緒です。この棟は1649年の建築といい、日本の技術援助で修復されたといいます。村の保存事業への協力をベトナム政府が日本政府に求め、昭和女子大、奈良文化財研究所がJICAの協力を得て、この村の歴史保存に取り組んだそうです。特に2008年から派遣されたJICAボランティアの皆さんは、同村の「遺跡管理事務所」に詰めて献身的な働きをしたといいます。私たちがこの地を訪ねたように、今では多くの観光客の来訪により村人の生活もおおきな変化を見ているようです。

 修復家屋の隣がこのレストラン。左のトウモロコシの吊られているところが調理場らしい。その右が食堂。いかにも庶民派。

 

 

 

 昔懐かしい豆耕耘機を使って田植えの準備、代掻きをしていました。 

 驚くなかれ田んぼの中にお墓がありました。お参りする時、水の中にジャブジャブ入っていくのでしょうか。葬儀は家の中ではしないと聞きましたが、こんな湛水状態の時亡くなられた方の埋葬は、秋(ベトナムには秋はないか)の取り入れの後執り行うのでしょうか。 

 

  以後メインカメラの写真がどこかへ飛んで行ってしまいました。デジタル機器は怖いです。こんな事態はもう3回目か。一緒に旅した同年生、ニコンの一眼、重いカメラを抱えていた鎌倉市在住の飯田則子さんから写真提供を頂くのでした。以後自分のコンパクトカメラとスマホに記録した画と彼女の写真を組み合わせながら綴ります。