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未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

3月24日の火曜日、仕事が休みだったわたしは、特に予定がなかった。しかし少し前に、愛車ハンターカブのシートを社外シートから純正シートに戻していたので、その乗り心地を試す(社外シートは2cmローダウンしてあるため、長時間乗ると尻が痛くなる)ため、ツーリングに行くことにした。ただ、この時はあまり気乗りせず、積極的な気持ちではなかった。今思えば「虫の知らせ」が働いていたのかもしれない。

 

 

とりあえず県北の花貫渓谷を目指して走っていると、普通に車の流れに乗って走っているのに、道が広くなったところで後ろの車に抜かされた。カブは良く抜かされるとは聞くが、頭にきた私は急加速して即座に抜き返した。こういった短気な行動も、今思えばメンタル的に良くなかったのかなと思う。

 

 

花貫ダムを過ぎたところに、名馬里ヶ淵という景勝地がある。ここには狭い駐車場があるのだが、車は一台も停まっていなかった。なので当然、誰もいないだろうと思って歩き出したのだが、沢の方からがやがやと声がする。覗いてみると、数人の老人と思われるグループが、淵の写真を撮っているらしい。

 

 

誰もいないと思っていたので、不意を突かれた。それで、自分も沢に降りるかどうするか考えながら歩くうちに、足元がおろそかになったのだろう。山道の段差を踏み外し、左の足首に激痛が走った。目から火花が出るような痛みで、しばらくは動けなかった。腰をおろして足首をさすっているうちに、少しは痛みは和らいだが、とても沢に降りれるような状態ではない。わたしはびっこをひきながらバイクに戻り、すぐに帰宅することにした。

 

 

家までは20km以上あるが、カブは左足でギアの操作をしなければならない。痛みに耐えながらなんとか走り切り、途中でドラッグストアに寄って湿布を買い、帰ってきた。

 

 

多分、捻挫だろう、骨に異常がないといいな、と思いながら近所の整形外科に行ったが、結果はくるぶしにひびが入っていた。ギブスまではいかなかったが、シーネ(添え木)を当てることになった。「松葉杖使いますか?」と聞かれたが、スクーターで来ていたので「大丈夫です」と断った。その時は、なんとか歩けると思っていたのだ。

 

 

 

 

しかし、家に戻ると痛みが尋常ではない。とても歩ける状態ではなく、四つん這いになって移動した。とりあえず会社に連絡して、しばらくシフトは空けてもらった。松葉杖も病院に連絡して借りてきたが、心配なのは収入源、生活のことである。

 

 

わたしの場合、日給月給制なので、勤務した分しか給料はもらえない。かといって有給消化にも限界がある。完治までは長引きそうだし、どうしよう……と悩んでいたところで、「傷病手当金」制度の存在を思い出した。いろいろ調べると、今回のケガも該当しそうなので、月曜になったら会社に連絡して申請するつもりである。

 

 

傷病手当金は月収の3分の2だが、最大一年半は支給されるらしいので、申請が通ればなんとか生活には困らないだろう。

 

 

だが、今回のケガに関して、いろいろと思うところはある。わたしは近頃、日々の生活がマンネリで、内心よく「なんだかつまらないな」と思っていた。かといって、新しいことにチャレンジする積極性もなく、惰性の日々を送っていたのである。

 

 

しかし、こうして足を怪我してみると、普通に歩いたり走ったりできるということが、どんなに素晴らしいことだったのかと実感する。感謝を忘れるとは、まさにこのこと。十数年前に右手を骨折した時にも、同じようなことを思ったが、人間、思いを保ち続けるのは難しいものだ。大切なこともいつしか忘れ、日常に埋没してしまう。

 

 

今回のケガも、残りの人生、良い方向にかじを切るための、きっかけになってくれたら良いと思う。

 

 

 

 

追伸 傷病手当金は、治療が終わった後じゃないと申請できないらしいです。でも、有給休暇を使うと、その日の分は支給されないようなので、有給を使うのもったいない。しかし、そうなると当面の生活費に困るわけです。カミさんのへそくりに望みをかけるしかないなぁ……。