未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

令和7年は引っ越しから始まった。27年も住んだ県営住宅からの転居は、大きな決断だった。

 

 

私はこの県営住宅を気に入っていた。何より、周辺の環境が良い。国道へのアクセスが良いのに静かで、眺望も良い。そして実家まで徒歩5分という距離。スーパーやドラッグストアも徒歩圏内にあり、生活するには至極便利だった。

 

 

だが、以前にも書いたように、離婚した姉が実家に入るという、予期せぬアクシデントがあった。それに加えて家賃の高騰。当初2万4千円だった家賃が、扶養家族の減少に伴い、5万円以上にまで上がった。そして長年住んだ室内はあちこち痛みや劣化が目立ってきた。ついに私も重い腰を上げて、引っ越しの決断を下したのである。

 

 

そして早いもので、もうすぐ引っ越してから一年がたつ。同じ町内に引っ越したので、環境の大きな変化はないのだが、住めば都とはよく言ったもので、今のアパートにもかなり愛着は湧いてきた。

 

 

しかしながら、日々の生活を振り返ってみると、なんとも物足りない。同じようなことの繰り返しで、ただ時間だけが過ぎていくという感じ。かといって不幸というわけではなく、平穏な日々はある意味幸せだともいえるのだろう。

 

 

もちろんいろんな出来事は起こるし、小さなトラブルはそれなりにある。でも職場、家庭共に大きな問題はなく、淡々と日々は過ぎていく。そして、自分は一年一年齢を取っていく。3月が来れば、もう56歳である。

 

 

一時期は真理探究に凝り固まっていたが、最近はそんな思いもなくなり、自由に生きている。生き方は人それぞれ。何が良いかなんてわからない。昔は、それを迷いだと思っていたが、迷いというより、それが人間の本質なのではないかと思う。

 

 

なので、特定の宗教に依存する必要性を感じなくなった。結局のところ、己を頼るしかないのだと思う。もちろん、先人の教えに耳を傾けることはあるが、必要以上に依存することはなくなった。

 

 

しかし、宗教や哲学への依存度は減っても、その時々で車とかバイクとか音楽とか、何かしらへの依存はある。やたらバイクのカスタムに凝ったり、音楽CDを買いまくったり。しかしながら、それらが人生の充実度につながっているかというと、そうとも言えないし。

 

 

バイクの免許を取って買ったのに、ツーリングには一回しか行っていない。6月に動物園の年間パスポートを買ったのに、結局、その時以来一度も行っていない。バイクも動物園も、夏は暑いと行って行かず、短い秋はあっという間に過ぎてしまった。とうとう紅葉も見に行かないまま冬が来て、これだけ寒くなると動物園はともかくバイクは無理。

 

 

まあ、続いたのは週一回のジム通いくらい。といっても、週一じゃ自慢にならんけどね。

 

 

もう、死んでも悔いがないような気もするけど、いざとなると未練はあるだろうな。来年はもう少し、活動の幅を増やしていきたいと思う。

 

 

と言いつつ、根が怠け者というか、ものぐさなんだろう。言い方を変えればインドア派。滝にでも打たれたら、少しは変わるかな(笑)