『週刊☆読み天野』 第2回『7本のラインと、彼女の…』
毎週木曜日は『週刊☆乃見』の日
今週は、読みモノをお送りしマス
スーパービンゴVの導入は、随分とあっけなく過ぎ去った印象だった。
かつて4号機時代のスーパービンゴは、まさに「一発逆転」の代名詞に相応しいマシンだった。7セグデジタルの、飾り気のない回転。極めてミニマルな効果音と、時折甲高く響くテンパイ音。
「ビンゴさえあれば、オレは食いっぱぐれることはねぇな」
そう口癖のように言っていたのはアダチさん。30手前で、トヨタのランクルに乗っていて、ハーヴェイ・カイテルが若返ったような顔立ちをしていた。豪語するだけあって、連日のようにあの「ふぅあふぅあ!」の音を響かせていた。
そんなアダチさんから久々に電話があったのが、スーパービンゴVの導入が迫った2007年の11月11日。全国的な導入は翌週の19日だった。
多くの専業スロプロがそうであったように、アダチさんも10月からの完全5号機時代に対応しきれていなかった。勝ったり負けたりを繰り返し、じわじわとタネ銭が目減りしている時期だった。
「今度のビンゴは、どうかね? スペックとか、聞いてないかい?」
その頃、何本か漫画の連載を始めていたけれど、私にはその種の解析前情報が回ってくることはほとんどない。
「んー、残念ながら詳しいことは分からないですね」
「あ、そう。いいんだ、別に。ちょっと聞いてみたかっただけだから。元気でやってる?」
「うん、おかげさまで」
「ちぃまめ、いいじゃん。ああいうの、結構好きだよ」
「ありがと」
「最近はダメだな。全然収支が上がんねぇや」
「みんなそうみたいね」
「ヤメてったヤツも多いよ」
「そっか」
「でも、ビンゴさえあればな、オレは良いんだ。きっと、勝つぜ。オレ、ビンゴに愛されてるからな」
「人間の女の子にも愛されると良いのにね」
「アホ言え、そんなら誰か紹介してくれよ」
それからちょっとだけ、他愛のない馬鹿話をして電話を切った。
導入初日は仕事に追われ、結局打ちに行けたのは導入翌週の週末だった。少し遠出して、電車を乗り継いでH市まで出掛けた。ビンゴが20台導入されている大型店。土曜日で、客付きも良く、ビンゴはほぼ満席。今でこそそんな光景を見る機会はほとんどないが、導入して間もない時期で稼働も良好だったこともあり、景気良く頭上に2~3箱持っている人も多かった。
「ハイエナマシン」ということがまだ浸透しきっていない時期だったこともあり、700G手前で一台空いた。と言っても、そのホールはBCを通常ゲームとしてカウントするタイプのデータ機器だったため、正確なハマリゲーム数は不明。初打ちだし、勉強のつもりで打ち始めることにした。
気合いを入れて2万円一気に両替したのだけれど、投資2千円であっさりとノーマルBIG。驚くほど少ない獲得枚数は、この台のゲーム性を端的に示しているようだった。
BIG終了後の1G目レバーON、左リールを止めると同時に音楽が止まる。
前作のあの7G間に起こる静寂を瞬間、思い出す。リール窓が真っ赤に染まって、デジタルが33までカウントアップされていく、あの瞬間の期待と陶酔。懐かしい。
けれど、あの頃とは違う。77Gで、獲得枚数は約100枚。80%ループ。現実が急速に形を伴って現れる。
出玉だけに、期待していたわけではないけれど、それでも、「一発逆転」という言葉の意味そのものが変容してしまったのだということを、改めて感じる。
ゴンッ! と音がして、隣を見ると、大学生くらいの男の子が、スーパービンゴの下パネルを殴りつけている。頭上のカウンターは、780G。随分とハマっているけれど、スーパービンゴVのボーナス確率を考えたら、充分あり得るハマリだ。
その彼の後ろには、補助椅子に座ったカノジョらしい女の子がいる。髪の毛を丁寧にセットして、キュートで可愛らしいプリーツスカートに愛らしい林檎のような頬。クリーム色のフェミニンなセーターは優しく、柔らかそうに膨らんでいる。
彼は彼女に、1万円札を手渡す。短く、「両替」とだけ言う。彼女は悲しそうな顔をする。
彼女はトボトボと雨に濡れた子犬のような足取りで両替機へと向かう。私は、それを隣で見ている。ピンク、グリーン! のナビ音声を聞きながら。
私のBCが終わり、BGへ突入する。BC後のBGなので、期待度は80%だ。ここで強チャンス目を引けば、ビンゴVの勝ちパターン。小さく気合いを入れて、レバーを叩く。
が、ビンゴ絵柄とリプレイのトリプルテンパイから右リールのストップボタンに触れる。ブッブーと屈辱的な音がして、揃ったのは特殊リプレイ。
現実はいつも、希望とかけ離れている。
隣の彼のところに、彼女が戻ってくる。彼は彼女から千円札を乱暴に奪い取り、再び天井を目指してコインサンドに千円札を投入する。
やがて彼女が、今にも泣き出しそうな顔をして、「ねぇ、もうやめようよ」と彼に言う。
「もうちょっと待てって! もうすぐ当たるんだから!」
「そんな事言って、全然当たらないじゃない」
「うるせぇな、そんなに嫌なら勝手に帰れ」
その言葉に、彼女は泣き出す。声を堪えて。けれど、涙は溢れ出して頬を伝う。少しの間、おそらくは、3秒か、4秒、彼女は彼を、いや、彼が向き合っているスーパービンゴVを恨めしそうに睨む。そして、踵を返してそのホールを出ていく。
彼は小さく舌打ちして、スーパービンゴを再び打ち始める。三つのリールの、不毛な、回転。
私はそれ以上、打つ気をなくしてコインを流した。
ジェットカウンターでレシートを受け取り、先ほどの自分の台に戻ると、隣の彼がBIGを引いたところだった。876ゲーム。天井直前でのノーマルBIG。落胆する代わりに、自制できない衝動的な怒りを台にぶつける。
ホールを出ると、先ほどの女の子が途方に暮れたようにガードレールに座っていた。もう、泣いていない。
あんなふうに言われても、彼のことを待つんだね。唐突に、私はアダチさんのことを思い出す。
彼は、新しいビンゴで勝てただろうか。待ち望んだビンゴは、彼が望んだものだっただろうか。きっと違う。5号機のビンゴは、とても現実的だ。夢をみさせない、という意味で。あるいは、夢から目覚めさせる、と言った方が良いのかもしれない。
彼女も、彼を見る目が変わるだろう。きっともう、それは恋ではないから。
その日の夜、アダチさんに電話した。
「新しいビンゴは打った?」
「ああ、打ったよ」
「どうだった?」
「うん、勝てるね」
「でも、アダチさんが考えてたようなスペックじゃなかったでしょ?」
「スペックはね、でも、立ち回りを変えるだけさ。やっぱり、ビンゴは俺と相性が良いよ」
「良かった。少し、心配してたんだ。勝てなくて、そのままヤメちゃうんじゃないかって」
「スロットを?」
「そう」
「いや、ヤメないよ。勝てないからヤメるってくらいなら、最初から打たなきゃ良いんだ」
それからまた、とりとめもなく他愛のない話をして、電話を終える。そして、アダチさんの言っていた、スーパービンゴVのことを考える。
「一発逆転」の夢はなくなったけれど、現実的な積み重ねに喜びを見いだすことができるようになった。
そうアダチさんは言った。
なるほど、と思う。そして、同時に、昼間見たあのカップルのことも思い出す。彼らは仲直りしただろうか。それとも、そのまま喧嘩別れしてしまっただろうか。少しだけ、気になる。もし、恋の結末があのようなものだとしたら、それはとても悲しい。
できれば彼の、あの最後に引いたBIG後は、BCに入らずにいてくれればと思う。そうすれば、きっともっと大事なことに気付くと思うから。
-end-
※この物語はフィクションです。
登場人物や、特定の場所・集団などは実在のものではありません。きっと。
また来週っ