このブログでも紹介したことがある私が最初に飼った犬のポチ、


そのポチがきっかけで友達ができたお話しです。


私は小学校5年生のとき、川原に2匹の子犬が捨てられていた。


子犬は2匹とも雌だった、

その内一匹は、別の友達に飼ってもらうようになった。名前は“ボケ”、ちょっと可哀想な名前だが、大切にされていた。


私がもらった子犬は雌にもかかわらず“ポチ”と名付けた。


“花咲か爺さん”のポチからとった。

まず私は“ボケ”の飼い主になった子と仲良くなった。


その子はスポーツ万能で、クラスメイトに人気のある子でした。


よく家までポチをつれていき、プラモデルなんかを走らせて遊んだ。


その子とは小学校時代は本当によく遊んだ、
そしていい奴だった。


私は友達になれて嬉しかった。


ポチが来るまで、遊んだことのない子だった。



ポチは可愛い雌犬だった、毎日の様に何処からか雄犬が遊びに来ていた。


やがてポチは2匹の子犬を産んだ。


私は手放しに喜んだ、


毎日ポチと子犬と遊んだ、山や畑にも3匹とも連れていき、走り回って遊んだ。

子犬に名前もつけた、コロコロした“コロ”に、茶色の“チャー”


私は愛情を注いだ。


あとに別れがくることを考えてなかった。


しかしある日父から


「犬を3匹も飼えない、子犬は保健所に引きとってもらうしかない」、と言われてしまった。


私は慌てて飼い主を探したが、急には見つからなかった。


そして子犬が連れていかれる朝、私は学校へ行く前に放れの倉庫に子犬を隠してから学校へ行った。


しかし学校から帰ったら子犬はいなかった。


子犬は見つかって連れていかれたのだった。


私は泣いた、もうこんな思いはしたくないとも思った。


私はポチに謝りに行った、ポチは私の横に座って、遠くを見つめ寂しそうにじっとしていた。


ポチも子犬がもう帰ってこないことをわかっているようだった。


それからしばらくして、ポチにも元気が戻った、


そして、また3匹の子犬を産んだ。


子犬が産まれてから保健所に連れていかれるまで、3ヶ月しかない、


私はまず貰い手を探すことにした。


その時私は中学一年生、
一学年300人弱で7クラスもあった。


私は一組から順に犬の写真を持って回った、


すると、一組で一匹、二組で一匹の貰い手が見つかった。


そして3匹目は、クラスメイトの親戚にもらってもらった。


私はすべての子犬に小遣いで首輪を買って、送り出した。


そして、犬をもらってくれた子の家に遊びにいくようになった。


それまで話たことのない子たちだったが、すごく気があった。


毎週のように遊びにいった、それから一組の子と二組の子とは、本当に仲の良い友達になった。


それから先もポチは、3回の出産で合計10匹の子犬を産んだ。


家族も手伝ってくれてすべての子犬の貰い手を見つけることができた。


そしてそれからも、もらってくれた子の家にはよく遊びにいった、学校でも仲良くしてもらった。


たくさんの友達ができた、その友達とは長い付き合いになる場合が多かった。


犬を可愛いがってくれる子には、いい奴が多かった。

ポチがいる間に、子犬がきっかけでたくさんの良いお友達が作れた。


そして、それまで縁のなかったような、いろんなタイプの友達ができた。


私はこの友達がいたから色んな考えを方学び、自分を成長させることができた、

また、その友達のお陰で楽しい学校生活を送れたことも間違いない。


今も何人かとは繋がっています。


しかし、ポチは子犬達を連れて行ってしまった私を怒ってないのだろうか?


でも大丈夫だよね、

ポチは死ぬ間際に私の靴を持ってきて最期に枕にしてくれたんだよね…


私の気持ちをわかってくれていたんだよね


たくさん友達をくれてありがとう、ポチ…


私は思う。


これはポチが私にしてくれた「幸せ貯金」だったのだと。