前田薫です。
思考
現実の受取り方
行動
経験
が、自分自身と自分自身の世界を創っていますが
行動
にフォーカスを当てると
行動には、自分自身が何かを受け取るための行動
と
自分自身が、相手に何かを与える為
の行動に分けられますよね(^^)
本当は、どちらも二つで一つ、セットなんだけど
解りやすくする為に分けて考えます(^^)
いわゆる、行動する時の、動機、きっかけ
、モチベーション、ってやつです。
得る為に
か
与える為に
かの違い。
殆どの人は、
得る為に、行動する。
これは、良い悪いでなく、人の習性だと思います。
ここに、見えない背景があって
得る為の行動は、自我、エゴ、を肥やすことに繋がります。
一つの理由を説明すると
得るとはなんらかの成果を求める事
得られなければ失敗となる。
認められたい
思い通りにコントロールしたい
足らないものを満たしたい
などの要求は、自我やエゴの習性だから(^^)
得られなければ、なお求めるし
得られても、もっともっと、まだまだと、どこまでも渇望するもの(^^)
自我やエゴは、人として誰にでも万人共通して持ってるものだから
否定したり、消そうとするものではないけれど
無自覚に肥大化してしまうと
それは苦しみを生む元凶と化してしまいます。
だから、自我やエゴは、在る事、持っている事を受け入れ自覚して、
調和
することが大切(^^)
その調和は、どうすれば生まれるのか?
それが
相手に与える行動(^^)
相手に何かを与えることは
行動そのもの、経験そのものが、いまこの瞬間に成果や対価として自分自身に還ってきます(^^)
求めるのが、結果や現象や物、という
外側に在る現実ではなく
与える
という在り方、態度、その行動そのものだから(^^)
要するに、目には見えない
心で観る物事の背景や自分自身と相手の内側に生まれるものだから(^^)
そして、それは、現実の結果、現象としても、自然の流れの中で得ていくことに繋がるから(^^)
だから結果、得るというより
自分自身にも、自然と与えられる(^^)
それに、もともとの思考が、現実現象を観たい様に見てるから、同じ現実でも、受取り方も変わっているから(^^)
行動により経験というギフトを与えられますが
その動機やきっかけが
得る為
か
与える為
かで
同じ行動でも
全く異なるギフトを受け取ることになるものです(^^)
自我やエゴは、分離意識という
自と他
を分離させてしまう習性があります。
だけど、よ~~く自分の存在を掘り下げて見えない部分も観て感じて下さい
そうすると
自分は、他、と認識している、全てのご縁在る人や環境、物質
一言で表すと、自分が認識している世界全てのご縁で存在させてもらっている
生かされている
ことが、理解は出来ると思います。
要するに
自分は、世界そのものだという事。
だから、本当は
自と他
の分別はなく
誰かの為、相手の為、世の中の為
は
全て
自分の為(^^)
だということなんですね(^^)
自我やエゴは
誰にでも在るものですから
無自覚に肥大化させ、苦しみの元凶を大きくするよりも
自覚的に、相手の為(^^)世界の為(^^)の行動と経験を通して
調和
させて、自他の分別を溶かし(^^)
本当の意味での、自己の成長を目指したいものですね(^^)
それが、本当の意味での
自分の為、家族の為(^^)
と繋がる事だから(^^)
そう言う意味で
自分の事ばかり考えて、自分の為に生きる
わがままな人で在り続けたいですね(^^)
この事は、人生全てに繋がる事だから
勿論、サッカーにも繋がる、大切なことですね(^^)
偉そうな事を、長い文章を、読んでくれて、有難う御座います(^^)
今日も一日よりも
いま、この瞬間を大切に(^^)
